企業の収益性向上と市場改革がもたらした日本株の高値更新
日経平均株価は今年(2024年)2月22日に終値で3万9098円68銭を記録し、バブル期の1989年末に付けた過去最高値を34年ぶりに更新しました。株価の妥当性を支持する声が多い一方で、特殊事情に助けられたという指摘もあり、株高の継続に向けては世界の投資マネーをどこまで引き寄せられるかがカギになりそうです。
Q.今回の日本株上昇はバブルなのでしょうか?
日経平均株価はその後、3月4日に史上初めて4万円を突破し、4月10日時点では3万9581円81銭となっています(いずれも終値)。日本株を取り巻く状況がバブル期とは異なるため、市場関係者の多くは今回の株高を妥当なものと捉えています。一方で、株価上昇率が今年に入って18%超、過去1年間では43%超と急騰ぶりが目立つことから、バブルの再来を懸念する声もあります。
ここでは複数の観点から今日と過去のデータを比較・検証することにより、日本株の現状をどのように評価すればいいのか考えてみたいと思います。
まず日本企業の「稼ぐ力」ですが、法人企業統計によると、金融・保険を除く全産業の経常利益は2023年3月期が95兆円と、1991年3月期の2.5倍に増えています。生産拠点の海外移転を加速させるなど、この30年余りで日本企業の収益構造は大きく変わりました。海外からの所得の受け取りと海外への支払いの差額に当たる「海外での稼ぎ」は、1989年の3兆円から2023年には33兆円まで増加し、日本企業の収益性を支えています。
特に過去10年程度で見ると、日本企業の稼ぐ力は欧米企業以上に高まっていることが分かります。今年2月21日時点でTOPIX(東証株価指数)、米国S&P500種株価指数、欧州ストックス600における採用銘柄のEPS(1株当たり利益、12カ月先予想)を比較すると、日本は2012年末から2.8倍に増えており、米国(2.1倍)や欧州(1.5倍)を大きく上回る伸び率を示しています。
今日では国内の物価が上昇傾向にあり、日本経済がデフレから完全脱却することへの期待も高まってきました。日本企業がコストを価格に転嫁できるようになって業績が安定化するとともに、賃金上昇や個人消費の拡大にもつながるという好循環が生まれつつあります。
バブル期を振り返ると、当時は株価だけでなく地価も急激に上昇し、「山手線の内側の土地を売れば米国全土が買える」とまで言われました。日本企業の間では本業とは別に不動産投資などの「財テク」に精を出すケースが目立ち、株式投資の判断材料として企業が保有する土地や有価証券の「含み益」まで考慮した尺度が用いられました。単体決算と簿価ベースの財務諸表は企業の実体を表さず、結果として業績を反映しないハリボテの企業評価や株価評価がまかり通っていたわけです。
株価の割安・割高を判断する指標のひとつであるPER(株価収益率)を見ると、1989年末には日経平均株価のPERが60倍を超えていたのに対して、今年4月10日時点では17倍台となっています。S&P500種株価指数のPERは20倍を超えており、バリュエーション(企業価値評価)からも現在の日経平均株価は割高でないと見なすことができます。
世界の投資マネーをどこまで引き寄せられるか
業績向上と並んで大きな意味を持つのが、株主構成の変化です。東京証券取引所の「株式分布状況調査」によれば、1985年度には都銀・地銀と生損保、事業会社の3主体で日本株の66.1%を保有していました。株主の安定化を目指して進められた、いわゆる「株式持ち合い」の結果です。それが2022年度には25.8%まで減少、替わって海外投資家の保有比率が30.1%と、85年度の7.0%から4倍強に増加しました。
海外投資家の台頭は日本企業の経営に効率性と透明性の向上をもたらします。すなわち、資本効率とガバナンスの改善です。2014年には経済産業省が通称「伊藤リポート」を公表して、ROE(自己資本利益率)8%を目安に資本効率を重視した経営への転換を日本企業に訴えました。主要1000社についてROEの推移を見ると、2024年予想では8%台が最も多く、中央値は9%台となっています。2012年の時点では4%台が最多で、中央値は6%台でした。
2015年には金融庁と東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)を導入しました。これを機に日本企業は株主との対話を通じて、現金をため込む経営から株主還元の拡充へ舵(かじ)を切ることになります。ニッセイ基礎研究所の調べによると、2023年3月期の日本企業による配当金総額は18.5兆円、自社株買いは9.3兆円となっており、それぞれ9年前の2.5倍、2.7倍に増加しています。
大ざっぱにまとめると、企業の収益性向上および一連の市場改革によって日本株が信頼性を回復し、世界の投資家にとって魅力ある投資対象となったことが高値更新につながったと考えられます。市場の大方の見立て通り、現状の株価水準は妥当と評価してよさそうですが、懸念材料がまったくないわけではありません。
例えば今回の株高は、中国からの資金シフトという特殊事情に助けられた部分が大きいと指摘する専門家もいます。米中対立が続くなか、米国はサプライチェーン(供給網)の中国依存度を下げるため、先端半導体や半導体製造装置の中国向け輸出規制を強化しつつあります。結果として、半導体のデータセンターや工場の建設先として日本が選ばれるケースが増えました。
世界の投資家が新たな株式テーマとして人工知能(AI)に期待を寄せるなか、AIの普及に必要な半導体の周辺技術に強みを持つ日本企業に注目が集まり、それを機に日本株へ大量の資金が流入したという側面もあるわけです。日本株の高値更新にAIブームも一役買っていたならば、ブームの成り行き次第で株高トレンドが短命に終わる可能性も考えられます。
今後の継続的な株価上昇に向けては、日本企業がROEを欧米並みの10%超まで向上させるなど、日本株全体として世界の投資マネーをどこまで引き寄せられるかがポイントになりそうです。