個人投資家の利便性アップが日本株の将来につながる
欧米株や中国株に比べればマシといった消去法的な判断から、海外投資家は日本株に資金を振り向けています。一方で、東証が日本企業に株式の最低投資単位の引き下げを要請し、個人投資家の安定資金を取り込もうという機運も高まってきました。その気になればできることは、日本の株式市場にまだ多く残されています。
Q.日本株の現状について、どのように捉えればいいですか?
歴史的なインフレやそれに対応した各国による利上げの影響、さらにはロシアのウクライナ侵攻に端を発した地政学リスクの高まりなど、世界的に経済の先行きを見通しづらい状況が続いています。そんななか、日本株については「意外と健闘している」と見る向きが多いようです。
日経平均株価の年間騰落率(終値ベース)を振り返ると、2020年(19年末~20年末)がプラス16.0%、21年(20年末~21年末)がプラス4.9%、そして今年(21年末~22年11月15日、以下同様)がマイナス2.7%となっています。騰落率は年々鈍化の傾向をたどっていますが、今年の同時期における米国ダウ工業株30種平均の騰落率がマイナス7.5%であることを考えると、確かに日本株はそこそこ健闘していると言えそうです。
背景のひとつとして、海外投資家の動向が影響しているという指摘があります。海外投資家の間では、現在の日本株は「汚いシャツのなかでは一番きれい(The cleanest dirty shirt)」と評されているそうです。40年ぶりの高インフレによって株価調整の懸念が絶えない欧米株に比べればまだマシということで、日本株を長年にわたって素通りしてきた海外投資家の一部が、日本株に資金を振り向け始めているのです。
そこには中国の動きも一枚かんでいます。「共同富裕」という習近平(シー・ジンピン)政権の反市場的な経済運営を嫌って、21年から海外投資家のなかでは中国株を売る動きが出ていました。今年に入ってロシアのウクライナ侵攻が発生すると、台湾統一をめざす中国についても世界で孤立するのではないかという懸念が意識されるようになります。
こうした中国の地政学リスクは当初、投資家の間であくまでもテールリスク(発生確率が低い甚大なリスク)と認識されていました。ところが今年10月23日に習近平政権が異例の3期目に入ることが決定し、習氏の「1強体制」がいっそう強固になったことで、リスクは大きく膨らみます。翌24日には、外国人による中国本土株の売越額が179億元(約3700億円)と過去最大を記録しました。
中国共産党の新たな最高指導部では、市場重視の改革派が軒並み引退する見通しで、それが金融市場の不安を増幅する要因にもなっています。世界の投資家は中国から本格的に資金を引き揚げ始めており、やはり「中国株よりはマシ」という消去法的な判断から、日本株に資金が向かっているというわけです。
株式分割によってNISAでも選ばれやすくなる
最近の日本株に関してもうひとつ注目したいのは、最小投資単位が大きい「値がさ株」が買われている点です。最小投資単位が100万円を超える値がさ株のうち、今年の株価騰落率が好調なものをいくつか挙げてみます(最小投資単位は22年11月15日時点)。
銘柄名 | 株価騰落率 | 最小投資単位 |
---|---|---|
ファーストリテイリング(小売業) | 27.1% | 830万5000円 |
しまむら(小売業) | 24.6% | 120万4000円 |
クレハ(化学) | 22.7% | 100万9000円 |
日清食品ホールディングス(食料品) | 20.2% | 100万9000円 |
ディスコ(機械) | 18.9% | 418万円 |
値がさ株への買いが目立つようになったのは、東証が10月27日に出した日本企業への要請がきっかけでした。その内容は、最小投資単位が50万円以上の約200社に対して投資単位の引き下げを求めるというもの。株式分割によって最小投資単位が下がれば、資金が限られる個人投資家でも購入しやすくなるため、近い将来の株式分割を期待して当該銘柄に「先回りの買い」が入り始めたと考えられます。
実はこれには直近で好例があります。任天堂が9月末を基準日として、31年ぶりに株式を10分の1に分割したのです。同社が株式分割を発表した5月初旬以降、株価は底堅い動きが続いており、今年の株価騰落率もプラス7.4%となっています(21年末の株価に調整後終値を用いて算出)。
任天堂は従来、投資に最低でも500万~700万円の資金が必要で、個人投資家にとっては「高値の花」でしたが、11月15日時点では最小投資単位が57万円程度となっています。この金額ならば、一般NISA(少額投資非課税制度)の年間投資限度である120万円の枠内にも収まります。
日本政府は現在、「貯蓄から投資へ」の流れを推進するため、恒久化や枠増額といったNISA制度の拡充を検討中です。そのNISAにおいて投資先に選ばれやすくなることは、日本企業にとっても大きな意味があります。NISAは長期的な資産運用を目的に利用されるケースが多く、個人投資家によって株式銘柄が長期保有される傾向が強いため、株価の下支え効果を期待できるからです。
QUICKによると、ネット証券5社を合わせた今年9月末時点のNISA口座における株式保有残高は、日本たばこ産業(JT)が700億円と1位でした。同社にはロシア事業の継続に関して厳しい批判が寄せられているものの、個人投資家の間では高配当銘柄として高い人気を誇ります。今年の株価騰落率はプラス18.1%と、こちらも底堅い値動きが続いています。
こうして見ると、日本の株式市場には制度面でも個々の企業面でも、個人投資家の利便性アップに向けて「その気になればできること」がまだ多く残っているように思われます。海外投資家から何かにつけて「~よりはマシ」などとからかわれないためにも、迅速かつ徹底的な市場改革を進めて、ぜひとも近いうちに世界をあっと言わせてほしいものです。