ドルに対して円の需要が弱いと円安・ドル高になる
円・ドル為替レートの大きなトレンドは、金利差や国際収支を反映した円の相対的な需要の強さによって決まります。すなわち円安・ドル高とは、ドルに対して円の需要が弱いことを示しているわけです。ただし短期的には、そこに投機的な動きや国の通貨政策も加わるため、一筋縄では行かないのが為替相場の実態です。
Q.円安・ドル高が続いている背景について、分かりやすく教えてください。
為替は基本的には需要の大きい通貨ほど買われて高くなり、需要の小さい通貨ほど売られて安くなる関係にあります。ドルに対して円の需要が強ければ円高・ドル安となり、円の需要が弱ければ円安・ドル高となるわけです。
それではなぜ、ドルに対して円の需要が強弱に変化するのでしょうか。ここでは分かりやすい例として2つの要因を取り上げ、このところ続いている円安・ドル高の背景を探ってみることにします。
要因の1つは「円とドルの金利差」です。金利が相対的に高い国の通貨ほど、投資家にとっては保有する魅力が高まります。そのため現状のように金利が日本より米国の方が高い場合には、円を売ってドルを買う動きが強まり、円安が進みやすくなります。投資家ならずとも、日本国内の銀行預金(円預金)よりも米国の外貨預金(ドル預金)に金利面で魅力を感じる人は多いと思われますが、それと同じ理屈です。
銀行預金の金利や国債の利回りなどには、各国の中央銀行が定める「政策金利」が直接・間接的に大きな影響を及ぼします。今年(2024年)5月8日現在、政策金利(誘導目標)は日本が0~0.1%、米国が5.25~5.50%です。今後は各国のインフレ状況や景気動向などを考慮して、日本は政策金利を引き上げる方向に、米国は引き下げる方向にあるといわれています。
特に米国は過去2年ほどで急ピッチに利上げを進め、インフレを鎮静化させる一方で、その反動として景気後退の懸念が強まったため、今年の早い時期にも景気対策として利下げを始めると考えられていました。米国が政策金利を引き下げれば、たとえ日本の政策金利が変わらなくても円とドルの金利差は縮小に向かうため、その分、従来よりもドルの金利面での魅力が低下して円高が進みやすくなります。
こうしたシナリオのもと、多くの市場関係者が今年は円高・ドル安に向かうと予測していました。ところが実際には年初の1ドル140円台から、4月29日には一時34年ぶりの円安・ドル高となる1ドル160円台を付けるなど、大幅に円安が進んでいます。
米国では思いのほかインフレ圧力が根強く、景気も堅調さを維持しているため、FRB(米連邦準備理事会)による利下げ開始はまだ先になるとの見方が強まっています。一方で、日銀は3月にマイナス金利を解除して利上げに踏み切ったものの、追加の利上げには慎重な姿勢を崩していません。結果として円とドルの金利差は当面、縮まらないという観測が広がり、世界の投資家が円売り・ドル買いを加速させたわけです。
日本企業が海外で稼いだ外貨が国内に戻らなくなった
円の需要に影響を及ぼすもう1つの要因は「日本の国際収支」です。これは日本が貿易などを通じて海外とお金をやりとりする状況を示すもので、主として以下のような項目で構成されています。
●貿易収支:モノの輸出金額と輸入金額の差額
●サービス収支:旅行や飲食、知的財産使用などサービスに関する収支
●第1次所得収支:海外投資に伴う利子・配当などの収支
これらすべてを合計したものが「経常収支」で、年間の経常収支は1996年以降、一貫して黒字が続いています。ただし、その内容は以前とは様変わりしてきました。2010年までは貿易収支の黒字が柱でしたが、11年以降は貿易収支が赤字となるケースが増え、代わって第1次所得収支が黒字の中心となっています。
これは日本が「輸出で稼ぐ国」から「海外投資で稼ぐ国」に変化してきたことを意味します。ここで言う海外投資とは、日本企業が海外に生産拠点をつくったり外国企業を買収したりする「直接投資」のほか、日本の企業や個人が海外の株式や債券などに投資する「証券投資」も含めたものです。
近年目立つのは、日本企業が海外への直接投資で稼いだ外貨が、国内に戻らない傾向が強まっていること。例えば23年(速報値)には第1次所得収支の黒字が34.5兆円と過去最高を記録し、日本企業が海外子会社から得た配当金などが20.6兆円を占めていました。ところが、そのうち10.3兆円は海外子会社の内部留保に回されており、利益の半分が国内に戻っていません。
日本国内での投資機会が乏しいため、日本企業が海外で稼いだ利益は、そのまま成長市場である海外への投資に使われるケースが増えているのが実情です。日本企業が海外で稼いだドルを国内に戻して使う場合には、ドルを円に換える(ドル売り・円買い)取引を通じて円高の要因となります。そのプロセスが大幅に縮小したため、最近は国際収支の面でも円の需要が強まりにくく、結果として円安が進みやすい環境にあるといえます。
ちなみに円・ドル為替レートを動かす要因として、円の需要とは直接関係ないものもあります。例えば前述した今年4月29日の1ドル160円台という円安には、通貨先物取引などを用いた投機マネーの関与が指摘されています。こうした動きを好ましくないと判断して、政府・日銀は大規模な「円買い為替介入」に踏み切ったもようです。結果として同日には一時、1ドル154円台まで急激な円高への戻りが見られました。
円・ドル為替レートの大きなトレンドは、金利差や国際収支を反映した円とドルの需要によって決まりますが、短期的には投機的な動きや国の通貨政策も影響を及ぼします。数多くの要因がからみ合い、その時々で影響力の強い要因も変わることから、為替相場の動向を予測するのは非常に難しいといわれています。