いま聞きたいQ&A

米国経済の不確実性がもたらす市場の不可解な動き

米国では労働市場の弱さを示すデータが相次いだにもかかわらず、株高が進みました。こうした不可解な動きは、米国の景気動向の読みづらさと投資家の混迷ぶりを象徴しています。長い目で見ると今後は相対的に金利の高い環境が続くという見方もあり、投資家には新たな運用戦略が求められることになりそうです。

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Q.米国では景気後退の局面が近いのでしょうか?

先ごろ米国で興味深い出来事がありました。米労働省が今年(2023年)11月3日に発表した10月の雇用統計で、失業率が3.9%と市場予想(3.8%)に反して小幅の悪化を記録しました。これにより、「サームの法則」が示す景気後退入りのシグナルに近づいたのではないかと話題になったのです。

サームの法則は、FRB(米連邦準備理事会)のエコノミストだった経済学者のクローディア・サーム氏が提唱した経験則です。その内容は、直近3カ月の平均失業率から、過去1年で最も低かった失業率を引いた値が0.5を上回ると、景気後退入りのシグナルになるというもの。最近では01年7月、08年2月、20年4月にシグナルが発動し、結果として景気後退入りを示す景気循環の「山」が01年3月、07年12月、20年2月だったため、いずれもシグナルは正確だったことになります。

米国では今年8月~10月の平均失業率が3.8%程度であり、過去1年間で最も低かった失業率3.4%との差は0.4程度となるため、基準ラインの0.5に近づいたと市場が注目したわけです。面白いのは、法則の提唱者であるサーム氏本人がそうした市場の見方を否定したこと。季節性などを調整すると差は0.33であることを示し、法則が市場心理を悪化させないように予防線を張った格好です。

景気循環について民間団体の全米経済研究所(NBER)が正式な判定を下すのはもっと先になるため、サーム氏も指摘しているように、サームの法則は現時点で景気後退を予測するものではありません。しかし、それでも今回のような騒動が起こるところに、米国の景気動向の読みづらさと投資家の混迷ぶりが表れています。

先進国においては今後、高めの金利が常態化する?

10月の米雇用統計では、非農業部門の就業者数が前月比15万人増と市場予想(約17万人増)を下回り、失業率の悪化と合わせて労働市場の減速を示す内容となっています。これを受けて米国では長期金利が低下するとともに、投資マネーが株式へ回帰する動きが広がりました。

10月に16年ぶりの高水準となる5%台まで上昇していた米国の長期金利は、11月3日に一時4.4%台まで低下し、14日時点でも4.4%台で推移しています。米国ダウ工業株30種平均の終値は、10月27日の3万2417.59ドルから11月7日の3万4152.60ドルまで、7営業日連続の上昇(プラス5.3%)を記録。14日時点では3万4865.00ドルとなっています。

労働市場の弱さは経済の減速を示唆するため、本来ならば株安につながるはずです。にもかかわらず今回、株高が進んだのは、他のさまざまな要因を通じて「米国の金利上昇局面が転機を迎えた」との臆測が市場に広がったからです。

米財務省が11月1日に公表した23年11月~24年1月の国債発行計画では、10年債や30年債といった長い年限での増発規模が前の四半期よりも小幅となり、将来の財政悪化に対する市場の懸念が和らぎました。同日にはFRBが市場の予想どおり、政策金利の据え置きを決定。会議後の記者会見でパウエル議長は、長期金利の上昇が利上げの代わりになり得るという代替論に言及しましたが、市場ではこれを「利上げ終結」と受け止めたもようです。

このところの金利上昇によって米国株式市場では、割高なハイテク株などが売られやすい状況が続いていました。金利が下がれば、それらにも資金を戻しやすくなります。しかしながら、これはあくまでも雇用統計の悪化などを都合よく解釈した結果であり、短期的な動きにすぎないと捉えるのが妥当でしょう。

そもそもFRBが22年3月に利上げを開始して以来、投資家のなかでは米国がほどよいペースの景気減速を実現して、経済のソフトランディングを実現できるかどうかが焦点となってきました。金融引き締めの効果が強すぎれば景気後退の懸念が高まる一方で、景気が好調のまま推移するとFRBが再び利上げを強いられるため、24年後半にハードランディングの可能性が高まるといった意見もあります。

こうした不確実性のジレンマが続いているため、投資家はさまざまな経済指標が発表されるたびに右往左往し、それが一時的に市場の不可解な動きにもつながっていると考えられます。ただし、長い目で見れば確実性が高そうなこともあります。

ある市場関係者は、米国をはじめ先進国においては今後、インフレが起きやすくなると指摘しています。例えば新型コロナウイルス禍による世界的なサプライチェーンの混乱を経て、経済安全保障上の問題から、半導体の生産拠点を自国回帰させる動きが進んでいます。こうした取り組みは当然、コスト増につながります。

ロシアのウクライナ侵攻に、最近では中東の不安定化も加わって、エネルギーコストの上昇懸念もつきまとうことになります。さらには高齢化による労働力不足が、恒常的な賃金上昇を招きます。こうしたインフレ圧力を背景に、先進各国の中央銀行はより高めに金利を維持する必要が出てくるというわけです。

長らく続いた低金利環境のなかで、コストの安い資本に依存してきた企業などは、今後は苦戦する可能性が高まります。同様にいわゆる適温経済のもと、金利が低位安定するなかで株価上昇の恩恵を享受してきた投資家も、運用戦略の変更を迫られることになるでしょう。

FRBがあと何回の利上げを行うのか、米国経済がソフトランディングできるのかといったことを気にするよりも、いち早く将来を見据えて自分の新たな運用戦略を練ることに力を注いだ方が、はるかに有益だと思います。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。