話題先行のM&Aだが早晩、事業成長が問われることに
日本企業によるM&A(合併・買収)の形態が多様化してきています。なかでも目立つのはMBO(経営陣が参加する買収)を通じた非上場化や、「同意なき買収」を選択するケースが多いこと。企業にとっては今後、株主目線に立ったM&Aとその後の事業成長をどこまで実現できるかが問われることになりそうです。
Q.日本企業のMBOが増えている理由を教えてください。
M&A助言のレコフによると、日本企業のMBOは2023年に金額ベースで初めて1兆円を超えました。MBOは経営陣が参加する企業買収のことで、主として株式の非上場化を目的に実施されます。現経営陣がSPC(特別目的会社)を設立し、銀行や投資ファンドなどから買収資金を調達して、株主から自社株を買い上げるケースが一般的です。
企業が株式を上場していると、配当の増額など株主からさまざまな要求を突き付けられることになります。特に近年では、企業の株式を取得したうえで経営陣に事業変革や株主還元などを迫るアクティビスト(物言う株主)の発言力が強まっています。MBOによって上場を廃止すれば、そうした株主の圧力から解放されて、より中長期的な視点で事業展開を模索するなど経営の自由度を広げられるメリットがあります。
東京証券取引所による市場改革も大きく影響しています。東証は23年3月、上場企業に対して「資本コストや株価を意識した経営」に取り組むよう要請しました。企業によってはPBR(株価純資産倍率)を1倍以上に引き上げることが難しいため、MBOを通じた上場廃止を検討せざるを得ない事情もあるようです。
MBOにおいては、非上場化をできるだけ低コストで進めたい経営陣と、株式の価値最大化を求める株主との間に利益相反が生じやすいという問題があります。例えば23年11月に大正製薬ホールディングスが発表したMBO価格は、当時の市場価格に5割以上のプレミアム(上乗せ幅)をつけた水準でしたが、それでもPBRで見ると0.85倍相当にすぎません。
同社のMBOに対しては複数の投資ファンドが異議を唱えました。MBO価格が不当に低く抑制され、一般株主の利益が損なわれているというわけです。市場関係者の間では、創業家などが支配権を持つ場合、MBOは売り手(株主)よりも買い手(経営陣)に有利な価格形成になりやすいと言われています。
一部の専門家は「創業家の相続対策にMBOが活用されるケースもある」と指摘します。創業者が保有する上場株式を子どもなどに相続すれば、相続税は莫大な額に上ります。一方、MBOを通じて非上場化された株式は、MBOに伴う借入金の増加など、さまざまな理由によって評価額を下げることが可能です。
企業にとってMBOは経営の自由度を広げる有意義な選択肢ですが、株主のなかには配当などを期待して長期保有を考えていた投資家もいることを忘れてはならないでしょう。そうした少数株主の意向を軽視した案件や、そもそもの目的が創業者の勝手な都合にすぎない案件が増えるようだと、投資家がMBOに対して負のイメージを抱くことにもなりかねません。
経済産業省は2019年に公表した「公正なM&Aの在り方に関する指針」のなかで、MBOについては取引の是非や条件を検討する特別委員会の設置が望ましいとしています。今後は特別委員会の実効性や透明性を高めるとともに、企業自身が自覚をもってガバナンス(企業統治)の向上に努めることが望まれます。
株主の支持がM&Aの成否を決める時代
MBOで既存の株主から株式を買い取る際にはTOB(株式公開買い付け)という手法が用いられますが、23年にはMBO以外でもTOBが市場の話題を呼ぶこととなりました。例えば同年11月に医療情報サイト運営のエムスリーが、福利厚生代行のベネフィット・ワンを買収すると発表。すると翌12月に、第一生命ホールディングスがより高い価格でベネフィット・ワンを買収すると発表したのです。
これは、同じ企業をめぐって2社が買収合戦を繰り広げる「対抗TOB」と呼ばれる事例です。第一生命ホールディングスはその後、実際にTOB価格を引き上げ、今年(2024年)2月にベネフィット・ワン株の5割以上を保有する親会社のパソナグループと買収で合意しました。
23年7月には総合モーターメーカーのニデックが、工作機械メーカーのTAKISAWAに対して事前同意がないままに買収提案を行っています。ニデックは直近の株価の約2倍に相当するTOB価格を提示し、最終的にTAKISAWAがこの案を受け入れて買収成立の運びとなりました。
これら2つのTOBに共通するのは、被買収企業との合意ではなく、株主の支持がM&Aの成否を決めることになった点です。こうした事例が増えつつある背景には、やはり経済産業省が23年に公表した「企業買収における行動指針」が影響しています。同指針では、「真摯な買収提案なら(被買収企業の経営陣の意にそぐわなくても)取締役会で真摯な対応を検討すべきだ」という考え方が示されました。
いわば株主目線で買収の是非を議論することが必要になってきたわけですが、TOB価格と同様に買収後の企業動向にも投資家の厳しい目は注がれます。
今年2月には通信大手のKDDIが、TOBを通じてコンビニ大手ローソンの株式50%を取得すると発表しました。KDDIは三菱商事と対等の出資比率となり、今後は共同経営にあたることとなります。
ローソンをめぐっては2000年に同社株の約20%を三菱商事が親会社のダイエーから取得した際や、19年にKDDIと資本業務提携した際にも、今回と同じくデジタル化によるサービス進化の構想が掲げられていました。結局は四半世紀が経っても技術論が先行するばかりで、業績は業界トップのセブン-イレブン・ジャパンに遠く及ばないのが現実です。
買収する側もされる側も、せっかくの経営資源を有効活用できなければ「仏造って魂入れず」でしょう。日本企業のM&Aは何かと話題が先行ぎみですが、早晩、魂(事業成長)の有無が問われることになりそうです。