資本効率の引き上げに向けて、東証と企業の本気度が試される
PBR(株価純資産倍率)が1倍を割っている日本企業が多い点は、以前から市場で問題視されてきました。東京証券取引所が改善策を求めることとなりましたが、基本的には情報開示を通じて企業と投資家の対話が進むことを前提としています。場合によっては、東証によるさらに厳格な基準改定が必要になるかもしれません。
Q.PBRの1倍割れが意味するところを教えてください。
東証は今年(2023年)春にも、PBRが継続的に1倍を割る上場企業に対して、改善策や進捗状況の開示要請に乗り出す方針です。
PBRは「株価÷1株あたり純資産」という式によって算出される株価指標で、PER(株価収益率)とともに株価が割安か割高かを測る代表的なモノサシとして知られています。PBRの倍率が意味するのは、企業が事業をやめて解散した場合に株主の手元に残る金額(解散価値)の何倍まで、現状の株価が買われているかということです。
PBRが1倍を割れている銘柄は、企業の解散価値よりも株価が低いため、投資家が株式を買ってすぐに企業が解散すれば、それだけで投資家はもうかることになります。こうした状態は本来的に不自然なので、PBRの1倍割れは株式が売られ過ぎている(株価が割安になっている)と判断することが可能です。
しかし近年では、PBRが長期間にわたって1倍を割れたままの銘柄も多く、株価の割安さよりもむしろ資本効率の悪さを指摘する声が大きくなっています。株価が解散価値を下回る水準で放置されているのは、企業の収益力が投資家の期待に沿わず、「事業を続けるより資産を処分して解散した方がいい」と、投資家からみなされていることの反映とも考えられるからです。
東証の調査によると、22年7月時点で東証プライム市場に上場する1837社のうち、約50%にあたる922社のPBRが1倍を割っていました。また、同時点で「TOPIX500(*)」を構成する銘柄のうちPBRが1倍を割れていたのは43%と、米国の「S&P500種株価指数」(5%)や欧州の「ストックス欧州600指数」(24%)よりも多くなっています。時価総額(企業規模)の大小に関わらず、日本の株式市場には低PBR企業が目立つわけです。
このような現状に対して市場関係者からは、「PBRの改善がみられないプライム上場企業にはスタンダード市場への移行を求めるべきだ」といった厳しい意見が相次いでいます。経済産業省からもPBR1倍割れ企業について、「大規模で流動性が高くてもTOPIXの構成銘柄に組み入れないなどの措置を考えられないか」と、なかば突き放すかのような提言が聞かれます。
(*)TOPIX500:TOPIX(東証株価指数)を構成する銘柄のうち、時価総額および流動性の高い500銘柄をピックアップして指数化したもの
ROEが8%を超えるとPBRが目に見えて上昇する
それでは具体的に、PBRの改善を図るためにはどうすればいいのでしょうか。PBRは下記のように、PERとROE(自己資本利益率)の掛け算によっても算出されます。
PERは企業が稼ぎ出す利益に対して株価が何倍まで買われているかを示す株価指標であり、ROEは企業が自己資本(純資産)を使ってどれだけ効率よく利益を稼ぎ出しているかを示す財務指標です(単位:%)。
この式においてPERが一定だと仮定した場合、ROEを高めるとPBRが上昇することになります。実際に日本の株式市場ではROEとPBRに正の相関関係が確認されており、特にROEが日本企業の平均値である8%を超えるとPBRが目に見えて上昇するという分析があります。
ちなみに前述した東証の調査では、22年7月時点でTOPIX500構成銘柄のうちROEが8%未満の企業は40%にのぼり、ROEが15%以上の企業は20%に過ぎませんでした。米国のS&P500構成銘柄においてはROE8%未満が14%、ROE15%以上が61%となり、日本企業との差は歴然です。日本企業のPBRを改善するためには、差し当たってROEの向上が近道になりそうです。
ROEは「売上高純利益率×総資産回転率×財務レバレッジ」という掛け算によっても求められます。これらROEを構成する3要素のなかで、特に注目したいのが売上高純利益率(純利益÷売上高、単位:%)です。
日米の主要企業の売上高純利益率を3年平均で比較すると、21年度に日本企業は5%弱、米国企業は9%弱となっています。以前に比べれば日米差は縮小してきたとはいえ、まだまだ改善の余地は大きいことが分かります。背景として、日本企業には一般に利益率が低いとされる製造業が多いこと、さらには低採算事業の再編や技術革新が遅れていることなどが影響しているもようです。
一方で、日本企業のなかにはROEが14~15%と高い水準にあってもPBRが1倍を割れているケースが散見されます。その理由について専門家の間では市場との対話、すなわち投資家向け広報(IR)の拙さを指摘する声があります。米欧の投資家がしばしば不満をもらすように、「長期の経営理念や価値向上ストーリーを語れる日本企業が少ない」というわけです。
今回の東証によるPBRの引き上げ策では、情報開示を通じて企業と投資家の対話が進み、結果として市場が企業の背中を押すことが期待されています。しかし、そうした理想論によって本当に企業の意識が変わるかどうかは不透明です。
現時点で東証は市場降格やTOPIX除外といった、より厳格な基準改定には踏み込まない予定ですが、場合によっては東証のさらなる英断が必要となるかもしれません。資本効率の引き上げに向けて、東証も日本企業も本気度を試される日々が続きそうです。