根本解決の先送りによって永遠に続く地政学リスク
ロシアのウクライナ侵攻に、パレスチナ自治区ガザでのハマスとイスラエルの戦闘も加わって、世界は地政学リスクに身構えています。しかし、中東の混乱はいまに始まったわけではありません。国際社会が現実的かつ根本的な解決に本腰を入れて取り組まない限り、地政学リスクは永遠に続くことになりそうです。
Q.パレスチナ問題がいっこうに解決しないのはなぜですか?
今年(2024年)1月にスイスのダボスで開催された世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)では、地政学リスクが主要議題となりました。地政学リスクとは、「特定の地域で政治的・軍事的・社会的な緊張が高まり、その影響から世界的に経済の先行きが不透明になるリスク」を指します。
22年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は、丸2年が経過した現在も終息のめどが立っていません。ダボス会議において欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は、欧米でウクライナへの支援疲れが広がっていることを念頭に「24年以降もウクライナに対する持続的な武器の供給が必要」と訴えました。
23年10月にはガザを実効支配するハマスとイスラエルの戦闘が始まり、こちらも長期化の様相を呈しています。欧州にとっては、エネルギー調達の「脱ロシア依存」を進めるなかで頼みの綱となる中東でも、戦火が広がったことになります。エネルギー安全保障の重要性がいっそう高まるとともに、今後は自力のエネルギー確保へ向けて、再生可能エネルギーへの投資が促進されるという見方もあるようです。
ただし、これらはあくまでも欧州諸国の都合に基づくものであり、いわば対症療法的なリスク対応にすぎません。例えば中東では過去にも戦争や紛争が絶えず、この地域における地政学リスクは慢性化していると言えます。国際社会は問題の根本的な解決とその責任を、なかば放置してきたのが実情です。
そもそもパレスチナ問題は、100年以上前に英国が行った「三枚舌外交」が発端となっています。パレスチナはもともと地中海の東岸に位置する地域の総称で、第1次世界大戦(1914~18年)まではオスマン帝国の支配下に置かれていました。
英国はアラブ人(パレスチナ人)に対して1915年、アラブの独立とパレスチナへの居住を認める約束を交わしました(=フセイン・マクマホン協定)。一方でユダヤ人に対しては1917年、パレスチナへの移住を認めたうえで国家建設に協力すると表明します(=バルフォア宣言)。さらにその裏で、フランスと1916年に第1次大戦後のオスマン帝国の分割について密約を結んでいました(=サイクス・ピコ協定)。
戦後にパレスチナは英国の委任統治領となりましたが、そこでは独立を目指すパレスチナ人と、建国を夢見て大量に入植してきたユダヤ人との間で確執が深まります。オスマン帝国を弱体化させて自らの支配地域を広げたるために、英国がなりふり構わず取り交わした3つの矛盾する約束が、結果として中東地域の長期的な混乱を招くことになったわけです。
現実的な和平に向けて国際機関も国際社会も当てにならない
日本を含む国際社会はこれまで、イスラエルとパレスチナが平和裏に共存する「2国家解決」を支持してきました。1993年のパレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)も、その考え方に準じたものです。しかしながら、ユダヤ人入植地の取り扱いや国境画定の細部は今日もあいまいなままであり、2国家解決を単なるきれいごとと揶揄(やゆ)する声も聞かれます。
イスラエルのネタニヤフ首相は、2国家の共存を拒否してユダヤ人の入植を拡大してきました。もうひとつのパレスチナ自治区であるヨルダン川西岸では、国際的に違法とされる占領下の入植を進めながら、入植者を守るとの名目で治安部隊を配置しています。
パレスチナ自治政府で労働相などを務めたビルゼイト大学のガッサン・カティブ教授は、「国際社会は言葉で非難するだけで、実際にはイスラエルの行動を受け入れてきた」と指摘します。一方で、イスラエルとの交渉を通じたパレスチナ国家の樹立を掲げながら、成果を上げられなかったパレスチナ自治政府についても「崩壊寸前」と危機感を募らせます。
パレスチナ自治政府に対しては汚職や腐敗など、内外から批判の声が絶えないのが現状です。ガザ地区をハマスが実効支配するに至った背景にも、パレスチナ自治政府の機能不全が大きく影響しています。
当事者どうしの直接交渉には多くを望めないなか、国際機関による監視のもとにイスラエルの安全保障を確保し、パレスチナ人には領土全体へのアクセスを認めるべきだといった意見もあります。しかし、国際機関もそれほど当てにはならないのが現実です。
今年に入って、ガザ地区で活動する国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員12人が、23年10月のハマスによるイスラエルへのテロ攻撃に関与した疑いが浮上しました。UNRWAは第1次中東戦争(1948~49年)で故郷を追われ、ガザやヨルダン川西岸、レバノンなどで暮らす500万人以上のパレスチナ難民を支援する国連の中核機関で、小中学校の運営や医療サービスの提供などを担っています。
パレスチナ問題については米国など国際的に大きな影響力を持つ国が、より現実的な形で和平に取り組むしか方法はないように思えますが、どうやらそれもおぼつかないもようです。今年11月の米大統領選挙でネタニヤフ首相と親密なトランプ前大統領が当選した場合、米国による中立的な仲介は期待できず、イスラエルは一段と強硬姿勢を強める恐れがあります。
国際社会は停戦や戦後の秩序づくりに向けて動き出してはいますが、今回もまた問題の根本解決は先送りされるのかもしれません。こうした姿勢が見直されない限り、地政学リスクは一時的に弱まる局面があったとしても、永遠に続くリスクと捉えておいた方がよさそうです。