インフラサービスの転機を示す各業界の「2024年問題」
労働基準法の改正により、今年(2024年)4月からトラック運転手などの時間外労働に制限が設けられます。これは「物流の2024年問題」と呼ばれ、人手不足の解消に向けてさまざまな施策が検討されています。抜本的な解決には、意識改革も含めた社会全体での取り組みが不可欠ですが、私たち消費者にも、それなりの覚悟が求められることになりそうです。
Q.物流の「2024年問題」では何が懸念されているのですか?
今回の規制によって、トラック運転手の時間外労働は年間960時間が上限となります。ドライバーの長時間労働を改善することが目的ですが、残業時間が短くなると手取り収入が減るため、かえって離職が増えるのではないかと懸念されています。
野村総合研究所や公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会の試算によると、2030年にはトラック運転手数が15年比で3割以上の減少となる見込みです。物流業界では25年度で運転手14万人分に相当する輸送量が足りなくなると言われていますが、何も手立てを講じないままだと、30年には日本全国で3割の荷物が運べなくなるわけです。
物流の停滞による需要減で30年には国内総生産(GDP)が10兆円押し下げられるとの予測もあるほか、最悪の場合、店頭から商品が消えるケースも考えられます。実際に欧州連合(EU)からの離脱で外国人運転手が減った英国では、新型コロナウイルス禍における運転手不足が原因で一時、スーパーの棚から生鮮食品がなくなった例があります。
日本の物流業界では、これまでも慢性的に運転手が不足していました。トラック運転手は50代以上が約45%と高齢化が進んでおり、少子化によって新たな労働力は限られるのが実情です。トラック運転手の平均年収は400万~500万円程度ですが、こうした相対的な賃金水準の低さも人手不足に拍車をかけています。
1990年に施行された「物流二法」(貨物運送取扱事業法と貨物自動車運送事業法)による規制緩和で、トラック事業者の参入が増えて価格競争が激化しました。結果として荷主の立場が強まり、トラック運賃は引き下げの傾向が続いてきました。前出の日本ロジスティクスシステム協会によれば、全業種の売上高に占める物流比率はコロナ禍前の2019年時点で4.9%と、1995年に比べて1ポイント以上低くなっています。日本企業が物流を、いわばコスト削減の対象と見なしてきたことが分かります。
下請けが何層にも連なる「多重下請け構造」も深刻な問題です。日本の物流業界ではトラック事業者の99%を中小企業が占めています。物価高や人件費の上昇を背景に、中小企業が運賃・料金の引き上げを要請しても、適正には反映されにくいという実態があります。また、多重下請け構造のなかで運送契約の内容を把握していない運転手は、着荷主から契約に規定されていない荷降ろし作業などを求められても断れないのが現実です。
消費者の意識改革も含めた社会全体での取り組みが重要
政府は物流の2024年問題に備えるため、23年10月に緊急対策を取りまとめました。例えば運転手らの代わりに荷物の積み下ろしができる自動フォークリフトや、無人で物流施設内を走行できるAGV(無人搬送車)の導入を促進し、荷待ち・荷役時間の削減を図ります。
複数の荷主による共同運送を促進して、国内全体で4割程度にとどまる積載率の向上を目指すほか、輸送手段をトラックから鉄道や船舶などに切り替える「モーダルシフト」、さらには「置き配」やコンビニ受け取りを指定した消費者へのポイント還元による再配達削減も進める計画です。これらを通じて合計14万3000人分のドライバー補填効果が得られると政府は試算しています。
しかし、実現に向けては相応の要員や設備を確保する必要があります。経営体力に余裕のない中小企業にとっては負担が重く、政府の対策が想定通りに進むとは限りません。物流負担の軽減に向けた「荷主の責任意識の高まり」や、女性活用など「働き手の多様化」、再配達の手間を減らす「消費者の意識改革」など、社会全体でドライバーの待遇改善と人手不足の解消に取り組むことが重要でしょう。
実は、2024年問題は物流以外の業界にも当てはまります。今回の残業規制はバスやタクシーなど、さまざまな運輸サービスの運転手も対象です。厚生労働省によると、22年の時点でバス運転手の平均年齢は53歳、年間平均所得は399万円となっており、高齢化や賃金の相対的な低さが人手不足を招く構図はトラック運転手と同様です。
23年には沖縄県で修学旅行シーズンの観光バス運転手が不足したほか、路線バスも全国各地で運転手不足を理由に減便や値上げが相次いでいます。バス会社でつくる日本バス協会では、国と連携して外国人運転手の活用も含めた対応策を検討する方針です。
建設業界でも今年4月から、時間外労働が年間720時間以内に制限されます。同業界も高齢化が進むなかで職人のなり手が少ないことから、今後は人手不足がいっそう深刻化すると考えられます。工事現場では一般企業の週休2日に相当する「4週8閉所」を導入するなど、時間外労働を減らす工夫が進められていますが、それは全体として工期が従来よりも長くなることを意味します。
賃金アップや職場環境の改善など、職人を増やす取り組みが大切なことは言うまでもありません。一方で、企画段階から建設会社と設計会社が連携を強め、より効率的で低コストな工事のあり方を模索するなど、生産プロセス全体を変革することが重要という声も聞かれます。
どの業界にも共通するのは、「早さ」「安さ」「きめ細かさ」が特徴だった日本のインフラサービスが転機を迎えていることでしょう。この問題がデフレからインフレへの転換期に浮上してきたのは象徴的です。同様の事態は他の業界にも広がる可能性があり、従来のサービスが受けられなくなることを含めて、私たちにもそれなりの覚悟が必要になりそうです。