いま聞きたいQ&A

金(ゴールド)の価格上昇が映し出す国内外の構造的変化

金の価格が高値圏で推移しています。特に今回は金にとって不利であるはずの高金利局面にもかかわらず、価格が上昇しているのが特徴です。世界的には「脱ドル化」の流れ、日本国内では複合不安といった構造的な要因も影響しており、金価格の上昇基調は国内外で長期にわたって続く可能性があります。

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Q.国際金価格が上昇した理由について教えてください。

金価格の国際指標であるニューヨーク市場の金先物価格は、今年(2023年)5月4日に一時1トロイオンス2085.4ドルを記録して、20年8月に付けた史上最高値の2089.2ドルに迫りました。その後は多少落ち着きを取り戻し、6月12日現在では1970ドル前後で推移しています。

今回の価格上昇の直接的な要因は、米欧における金融不安の高まりです。今年3月に米国では地方銀行が相次いで破綻し、スイスではクレディ・スイス・グループが経営危機に陥って同国のUBSに救済買収される結果となりました。投資家心理の悪化から、市場ではリスク回避の動きが急拡大。「安全資産」である金への資金シフトが進んで、3月下旬に国際金価格は節目の1トロイオンス2000ドルを突破したのです。

実は、国際金価格が2000ドルを超えた局面は今回を含めて過去に3回しかありません。1回目は新型コロナウイルスの感染拡大により景気悪化懸念が強まった20年8月で、前述のように金は史上最高値を付けました。2回目はロシアによるウクライナ侵攻後の22年3月で、地政学リスクや世界的な高インフレを背景に2078.8ドルまで上昇しています。

過去2回に比べると、今回はいささか様相が異なります。米国の政策金利(フェデラル・ファンド金利の誘導目標)は20年8月が0~0.25%、22年3月が0.25~0.50%と低かったのに対し、今年3月には4.75~5.00%、5月には5.00~5.25%まで上昇しています。

金は株式や社債、国債などとは異なり、企業や国の信用リスクとは無縁です。そこに産出量が限られる希少性の高さも加わって、投資家の間では「金=有事の際に頼れる安全資産」というイメージが定着しています

一方で配当や利息を生まないことから、好景気や金利上昇の局面では投資対象として選ばれにくいという性質があります。例えば米国の政策金利が3.75~4.00%に上昇した22年11月には、国際金価格は1610ドル台まで下落しています。

なぜ今回は、高金利にもかかわらず国際金価格が上昇したのでしょうか。ある専門家は現状について、過去の金利水準をもとに算出した理論値の2倍程度高いと指摘しています。つまり、それだけ市場の不安や警戒感が強いことを金価格が反映しているというわけです

米欧の金融不安を受けて、今後は当局が銀行業界への規制強化に動く可能性があります。それに伴い、銀行が融資姿勢を厳格化すれば、資金調達難から経営に行き詰まる企業が増えることにもなりかねません。米国の利上げによる景気悪化懸念と併せて、企業の信用リスク不安はくすぶっていると言えます。

非民主主義国家が金購入を増やしている

世界の中央銀行(中銀)による金購入の影響も見逃せません。国際調査機関のWGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)によると、22年の中銀による金の純購入量(購入から売却を差し引いた値)は1135トンと、統計をさかのぼれる1950年代以降で最高を記録しました。

中銀による金購入はリーマン・ショック後の2010年ごろから目立ち始め、以来10年以上にわたって増加傾向にあります。なかでも特に注目したいのが新興国中銀の動きです。もともと新興国は、米ドルに偏りすぎた外貨準備資産の保全を図る目的で金購入を進めてきました。そこへ今回は、世界の対立構造の深まりという新たな事情が加わった格好です。

ウクライナ侵攻後の経済制裁により、ロシアは米ドルの決済網から除外されました。それをきっかけに、米国と距離を置く新興国の中銀が万一の事態に備えて、制裁下でも融通が効きやすい金の購入を加速させたとみられます。実際に金の保有量が増えた国家には、スウェーデンのV-Dem研究所が算出する自由民主主義指数において「非民主主義」に分類される新興国や途上国が多く含まれています。

22年9月から金購入を再開した中国には、自国通貨である人民元の信用を補完する狙いもあるようです。中国は人民元の国際化を急いでおり、エネルギー資源など米ドルで取引される国際商品の貿易について、一部の国との間で人民元建て決済を推進しています。

ロシアや中国を中心とした「脱ドル化」の動きが金購入の背景にあり、それに追随する国家も増えている現状は、世界の多極化という構造的な変化を表すものと言えるでしょう。今後も国際金価格の上昇基調は長期にわたって続く可能性がありそうです。

構造的な変化がみられるのは日本国内も同様です。地金商最大手の田中貴金属工業が今年5月10日に公表した国内の金小売価格は、1グラム9794円(税込み)と過去最高値を更新しました。かつては価格が上昇すると、利益を確定させるために手持ちの金を売る人が多かったのに対し、近年では最高値圏にあっても購入する人の方が目立つといいます。

19年に金融庁の試算が物議をかもした「老後2000万円問題」、22年から顕著になった物価高、さらには北朝鮮のミサイル発射や台湾有事への懸念といった地政学リスク――。これらがもたらす複合的な不安心理を背景に、日本人の間でも年齢にかかわらず、安全資産である金へのニーズが高まっているもようです。

金は「世界経済を映す鏡」とも言われますが、その意味では国内外ともに厄介な状況へ突入しつつあることを、私たちは覚悟すべきなのかもしれません。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。