さまざまな形で表れ始めた金融市場の「韻を踏む兆候」
将来の見通しが立てづらいなか、市場関係者の間では過去に起きた経済的事象から、現状との類似性や長期にわたる周期性を探ろうとする動きが目立ちます。バブル発生時に特徴的な「投機的金融」にあたる事例は、すでに世界中で散見されています。今回も金融市場は、好ましくない形で韻を踏むことになるのでしょうか。
Q.金融市場の危うさを測るうえでヒントになるものはありますか?
いま市場関係者が注目しているキーワードのひとつに、「ミンスキー・モーメント」があります。これはカネ余り時に生じた債務膨張や、身の丈を超えた過剰投資が限界を迎え、その反動として資産価格の急落や流動性の急低下などが始まるポイント(転機)を表す言葉です。バブルと金融危機の関係を解き明かした米国の経済学者、ハイマン・ミンスキー(1919~96年)にちなんで名付けられました。
90年代における日本のバブル崩壊やアジア通貨危機、2000年代における米国のITバブル崩壊やリーマン・ショックなどは、そのプロセスをいずれもミンスキー・モーメントによって説明できると言われています。ミンスキーは人々の債務の背負い方が「健全な借り入れ」から「投機的金融」へ、さらには「ポンジー金融」へと、段階的に危うくなっていくと説きました。
「投機的金融」とは、元本は返済できないものの利払いはできる、いわば綱渡りの借り入れです。「ポンジー金融」は、利払い能力もないのに債務を背負う不正な借り入れを意味します。例えば日本のバブル崩壊では企業財テクなどが投機的金融にあたり、破綻した山一証券の「飛ばし」(*1)などがポンジー金融にあたります。リーマン・ショックではサブプライムローンなどが投機的金融にあたり、金融危機を通じて明るみに出た「マドフ事件」(*2)などがポンジー金融にあたります。
実は2021年から今年(22年)にかけて、世界で投機的金融の行き詰まりを連想させる事例がいくつか発生しています。21年11月には中国の不動産大手、中国恒大集団が過剰債務から経営難に陥り、ドル建て社債でデフォルト(債務不履行)を起こしました。今年9月には英国が財政規律の緩みから債券と通貨ポンドの暴落を招き、11月には暗号資産(仮想通貨)交換業大手のFTXトレーディングが経営破綻しています。
信用度が相対的に低く利回りは高い「ハイ・イールド債券」や「新興国債券」で運用する投資信託から、巨額の資金が流出しているのも象徴的です。世界の投資信託を対象とするリフィニティブ・リッパーの集計によると、今年9月末時点でハイ・イールド債投信からは1110億ドル(約16兆5000億円)が、新興国債投信からは390億ドルが流出し、それぞれ検証可能な90年代以降での年間最大流出額をすでに上回っています。
前述したFTXトレーディングの経営破綻については、情報開示の不十分さや企業統治(ガバナンス)のずさんさなどが問題視されており、ポンジー金融としての側面もうかがえます。この先、他にもポンジー金融の事例が露呈するようなことになれば、いよいよミンスキー・モーメントが現実味を帯びてきそうです。
(*1)飛ばし:含み損が出た有価証券を簿外に隠して決算を粉飾すること。
(*2)マドフ事件:バーナード・マドフ氏が首謀したネズミ講方式の金融詐欺事件。
他人のマネという最善の選択が繰り返しバブルを生む
「歴史は繰り返さないが韻を踏む」というのは米国の作家マーク・トウェインの言葉と言われていますが、そもそも人はなぜ、いつの時代にも同じようなパターンでバブルの発生と崩壊をたどってしまうのでしょうか。その点について、ある情報学の研究者が興味深い指摘を行っています。
ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)のすべてを知ることができない投資家にとって、行動経済学的に最善の選択肢は、他人のマネをすることだそうです。株式市場でいえば、多くの人が株価の上昇している銘柄だけを買うようになり、株価が上がらない銘柄は放置されることになります。
実際に2000年の米国ITバブルや07年の上海ショック時における株価の動きを計量的に分析したところ、株価だけを手掛かりに買われるという現象が確認できたといいます。同種の事業内容や財務状況の銘柄間で株価に格差が生じていたほか、時価総額の分布を見ると、銘柄間の格差にファンダメンタルズでは説明のつかないケースがあったというのです。
一見するとバブルからは遠いように思える日本の現状についても、不気味な形で韻を踏んでいるという指摘があります。SBI証券の北野一氏が唱える「77年周期説」によれば、明治政府が成立した1868年から第2次世界大戦が終結した1945年までの77年間と、その終戦から今年までの77年間には、同じような時間軸で類似した出来事が起きています。
なかでも注目は、明治政府成立から68年後(1936年)と、終戦から68年後(2013年)の相似です。1936年には政府の財政健全化策が軍部の予算膨張圧力になかば屈する形でとん挫し、旧大蔵省預金部による国債保有(引き受け)が増加することとなりました。2013年には日銀が異次元の量的・質的金融緩和を打ち出し、市場からの国債大量買い入れを開始しました。
両者は目的こそ異なるものの、いずれも国債増発を通じて公的債務の増大をもたらすという点で一致します。終戦後に国民負担で国家の債務整理が進められたのと同じく、今後近いうちに国は財政赤字と日銀のバランスシートの清算(圧縮)に取りかかるのではないか、というのが北野氏の懸念です。
今後いつ何が起きるのかは、誰にも正確に予測できません。しかしながら、世界的に見ても日本国内で見ても、すでに大きな流れの転機にさしかかっていると考えた方がよさそうです。いま一度、過去の歴史に学びながら、来年(23年)も「金融市場が韻を踏む兆候」を見逃さないように心がけたいところです。