金融そもそも講座

ウクライナ危機、マーケットに抵抗力

第302回 メインビジュアル

大きな紛争・戦争がマーケットに及ぼす影響は、非常に大きい。少なくない死者が出る非日常なので当事国中心に国民感情の高まりがあり、紛争・戦争当事国を巡るヒト、モノ、カネの流れが平時とはかなり違ってくるからだ。GDPの規模や、その国が産する特定資源・産物のシェアによってその影響力は違ってくる。また時間的要素も重要だ。短期なら世界の経済活動の平時への戻りも速いが、長引けばその影響の深度は鋭くなり、経済、社会、政治の各分野で影響を受ける範囲が広がる。

今回のウクライナ危機は、一方の当事国が世界を破滅に導くかもしれない核戦力を大規模に持つロシアであり、対するウクライナは人口や戦力でロシアに比する力を持っていないものの、NATO諸国や米国が強い支持を与えているという特徴がある。間違いなく「世界的な規模の紛争」と言える。

世界の民間企業が消費財メーカーであるアップルさえもロシアでの製品(iPhone)販売の停止に踏み切り、エネルギー関係の世界的企業でさえもロシアでの操業・投資から撤退するなど「新しい企業倫理に沿った行動」とも言える動きが広がっている。今までの世界にはあまり例のない動きだ。よってマーケットの動きも複雑になることが予想される。

ヒト、モノ、カネの流れが変化

「ウクライナ情勢とマーケット」との関係を考える上で一番重要なのは、過去における紛争・戦争が常にそうであったように「それがヒト、モノ、カネの流れをどのように変えるか」という視点だ。武器を作る上で必要なものは上値を追う傾向を強め、また大規模な破壊が生ずることによってその後の復興に必要なものへのニーズも高まる。それは時々刻々変わる。平時とは違った需要と供給の関係が出現し、相場変動もいつもとは違ったものになる。常に頭に入れておきたいのは、モノの需給や資金の流れの変化だ。それに沿った投資が必要だ。

この原稿はロシア軍のウクライナ侵攻から1週間後の時点で書いているが、その1週間でもマーケットの動きは代表的指数の動き以上に複雑だ。例えば戦争では金属(レアメタルを含めて)が平時とは異なった需要増に見舞われる。必要なのが金属を大量に使う武器であるし、それが使用・破壊される中で製造・補給が急がれる事態になるからだ。なので、指数が下がっているときにもこうした一定の銘柄は大きく値を伸ばすとことが多い。投資家にはなによりも「頭の切り替え」が重要になる。

指数的に言えるのは、紛争・戦争は「安全な投資環境」の破壊を意味するので、全体的には当初は「弱材料」だ。実際に今回のロシアによるウクライナ侵攻で世界のマーケットでは大きな動揺が見られた。それは投資環境が不安定な期間はそうだ。しかし間にも銘柄毎には「需要変化」を見越した大きな相場変動が生じる。ウクライナ紛争発生後の一部の金属銘柄の大幅な上値追いなどが典型的だ。

エネルギー大国

プーチン大統領の思考の中には「大国ロシアの復興」が強く願望として入っているが、規模の観点から言うと人口は1億4000万程度で、14億の人口を擁する中国に比べればかなり小さい。しかも国民所得もそれほど大きくないから、世界経済における存在感は小さい。また「製造」がからっきし駄目な国で、ロシア製の車はロシア人でさえ買わない。スタイルが良くなく、効率も悪いからだ。「製造」は一事が万事駄目なロシアだ。

強いのはエネルギー分野だ。広い国土に石油・天然ガス田を多く擁し、「OPECプラス」を形成するほどのエネルギー生産・輸出大国だ。ウクライナ危機発生後の世界のエネルギー市場の最大の特徴は「価格の急上昇」。それは西側欧州諸国や世界市場にロシア産のエネルギーが供給されなくなる事態への予想・懸念に基づく。具体的にはロシアと欧州(特にドイツ)を結ぶノルドストリーム2の停止長期化など。

今回の紛争を「世界的な紛争」の一つにしている最大の要因の一つは、西側諸国や米国がロシアと対峙しているウクライナを強烈に支持し、ロシアに対する厳しい制裁を課したことだ。ロシアは戦後や冷戦後の世界の秩序そのものの破壊を企み、国、特に大国が守るべき倫理をかなぐり捨てた。特徴的だったのは、「中立」を国是としているスイスやスウェーデンなどもロシア制裁に動いたこと。

またそれら国の多くの企業が現プーチン政権を追い詰める行動を具体的に取っていることも重要だ。アップルの対応は既に書いたが、その業種は広範囲に渡る。エネルギー企業の多くも対ロシア制裁に賛同する行動を取っている。国連も動いている。3月初旬の緊急特別会合ではロシア非難の決議案を賛成141、反対5、棄権35の圧倒的多数で可決した。中国が「棄権」に回ったことが注目される。ただしNATO、米国とも戦場であるウクライナに自国の軍隊は派遣しない方針だ。

マーケットにとって大きい金融の世界でも動きがあった。欧米諸国は日本も参加する形でロシアの7つの銀行の国際銀行間通信協会(SWIFT)からの切り離しを決断した。これはロシア経済に深刻な打撃を与える。また欧米の多くの航空会社は、ロシアの旅客機に空域を封鎖した。過去にない国際的なロシア包囲網の形成が進んでいる。

プーチン後のロシア?

筆者は全体的な流れを「プーチンのロシアの終わりの始まり」だと理解している。ロシアは一時的に4400万の人口を擁するウクライナを軍事的に制圧できる可能性がある。仮にロシアが徹底的なウクライナの破壊に着手したなら。しかしその破壊行為から生ずるのはウクライナの人々のロシアに対する深い、何世代にもわたる復讐(ふくしゅう)心であり、これが長くロシアを悩ませる。またロシア(経済)は西側、米国、日本が課した厳しい制裁に長く悩むことになる。帝国維持のコストがソ連邦時代と同じようにロシアの体力をそぐだろう。

「国の安全保障の為」とロシアは自国民にプロパガンダを吹聴している。しかしロシアで3割の人が使っているiPhoneを今後買えないことに気が付けば、世界とその企業がいかにロシアに怒っていることは分かるはずだし、当面ロシア人には海外旅行など夢になる。その間にもルーブルは暴落して、輸入インフレは手が付けなくなる。

それらが政権批判につながることを西側は期待しているし、それは現実的でもある。ロシアの大統領選挙は2年後だが、その前にロシア国民は国際的圧力の前に、指導者としてのプーチンを排除せざるを得なくなる可能性がある。

プーチンは複数回にわたって「ロシアが核大国」であることに言及し、ウクライナやNATO諸国を威嚇している。許されないことだが、「ごく少数の親しい人間しか自分に近付けない現状」の中で「狭い思考」にとらわれているプーチン大統領は、「情緒不安定」とも伝えられる。例えばNATOの軍艦などを狙った戦術核は使用しかねない。恐らく戦略核戦力は使えない。ロシアという国も存在しなくなるからだ。シナリオは何通りも書ける。

書きたいことはいっぱいあるが、次回からのお楽しみだ。紛争の新たな展開もあるだろう。今の筆者のマーケット関連を含めた関心事項を書くと ①ウクライナ紛争で所期の目的を達成できなかったプーチンの今後の出方と世界経済への影響 ②仮にプーチンが何らかの理由で大統領職を解かれた場合、次にどのような指導者がロシアのトップに立つのか ③ロシアが仮に「帝国的権威主義国」として崩壊した場合、一体どのような国になるのか――など。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。