投資という行為に、リターン追求以外の価値や意味はあるのでしょうか?(後編)
特定業種を一律に投資対象から外す評価手法
ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が本格的に世界へ広がるようになったのは、2015年に国連がサミットにおいて「SDGs(持続可能な開発目標)」という理念を全会一致で採択したことがきっかけでした。具体的には「健康と福祉」「まちづくり」「クリーンエネルギー」などの17項目を取り上げ、それぞれグローバルな社会課題に官民一体となって取り組みながら、より良い社会をつくることがSDGsの目標となっています。
ESG投資もSDGsも、その根底には「持続可能な社会づくりに貢献する」という明確なコンセプトがあります。ただし、理念というものはどうしても曖昧になりがちなので、説得力を持たせるためには何らかの形で基準をつくって、理念の実現度を評価・検証しなければなりません。これまでのところ、ESG投資の評価基準づくりに関しては、同分野で長い経験をもつ欧州の評価機関などがリード役を担っていますが、そこには問題点も指摘されています。
欧州をはじめ海外では、たばこやアルコール、石炭関連など環境や健康リスクを抱える特定の業種および企業を一律に投資対象から除外する評価手法が普及しています。「ダイベストメント(Divestment=投資撤退)」や「ネガティブスクリーニング」と呼ばれるもので、前回紹介したノルウェー政府年金基金による石油・ガス関連株の投資排除なども、その一環と考えられます。
環境団体ダイベストインベストの調べによると、石炭火力発電などを手掛ける企業の株式を処分するとの意向を示した投資機関の数は世界で1,000を超え、対象銘柄の潜在的な売却金額は8兆ドルに上っています。金融機関が企業への融資を打ち切るケースもあり、フランスの大手銀BNPパリバやオランダのINGバンクなどは17年中に石炭火力発電などへの新規融資を停止しました。
理念を実現するうえで障害となる対象を徹底排除するというやり方は、ある意味で非常に分かりやすいし、当該業種や企業を含めて市場全体に緊張感をもたらす効果も期待できます。実際に一部の企業の間では、評価基準に抵触しかねない事業を見直すといった動きも広がっています。
投資家の覚悟と創意工夫が付加価値をもたらす
しかし一方では、たとえ投資撤退しても、当該企業がその後も問題となる事業を続ける可能性は残ります。ESG投資の本来的な趣旨が「社会課題の解決」にあるならば、環境負荷の大きい企業などに問題改善の意欲を持たせて、その方向へかじを切るように促す方が社会にとって有益とも考えられます。
リスクを抱える業種のなかで、ある企業がいち早くESGの実践に取り組んだ場合、その企業は業界内での評価が高まり、同時に株価上昇の期待も高まる可能性があります。特定の業種を投資撤退の対象として一律に扱うと、こうした企業も自動的に排除してしまうため、投資家の立場からみれば、リターン獲得の機会をみすみす逃すことにもなりかねません。
ESG投資が万人にとって納得できる付加価値となるためには、手間はかかるとしても、投資先の実情をもっと丹念に調査・理解したうえで評価を下す必要がありそうです。その意味では、いきなり投資撤退するのではなく、株主としての影響力を保ちながら対話を通じて企業に問題改善を求めていく「エンゲージメント」という手法の方が、よりESG投資の理念にかなっていると言えるでしょう。
ダイベストメントに限らず、最近は全般に投資のあり方が短絡的になっているフシがあります。過剰なまでにコストと手間の省略が意識されてパッシブ運用が隆盛を誇ったかと思えば、運用難を背景にリスク軽視で低格付け債券が人気を呼ぶ。米国では18年にIPO(新規株式公開)企業の8割が赤字上場を果たす――。いずれも投資家にとってはリターン追求の新しい形なのでしょうが、どうにも節操のなさが目立ちます。
どのような投資形態であろうと、やはり基本は投資先をきちんと見ることに尽きるのではないでしょうか。ある市場関係者は投資判断にあたって、企業トップと面談する際に、以下のような点を“順番に”注目するそうです。(1)事業の将来ビジョンや企業としてのミッション(使命)をどう考えているか (2)社長と社員に当事者意識があるか(3)やりがい(インセンティブ)について(4)収益力をどう見ているか
企業トップがビジョンとしてどれだけ良いことを語っていても、仕事の優先順位が顧客ではなく社内を向いていたり、従業員が疲弊しているなど、当事者意識ややりがいが伴っていないケースがあるといいます。そして、4番目の注目点にやっと収益力がくるというのも非常に興味深いところでしょう。この見方は、そのままESG評価にあてはめても、よさそうです。
投資という行為にリターン追求以外の価値や意味があるとするならば、それは結局のところ、投資家の労を惜しまぬ覚悟と創意工夫がもたらすものなのだと思います。ここにきて社会的責任を強く意識し始めた機関投資家には、単なる投資先の選別にとどまらず、プロセスを含めた全体的な投資のあり方にもいっそう留意することを期待したいところです。