トルコ・ショックがもたらす影響について、どのように考えればいいですか?(前編)
短期志向のマネーが危機の連鎖を恐れている?
トルコ・ショックの影響として市場が最も警戒を強めているのはコンテイジョン(伝染・感染)、すなわち通貨下落をはじめとする危機の連鎖がどこまで広がるかについてでしょう。米国が利上げを進めるなかで現在、トルコなどの新興国からは資金が流出しやすくなっています。これまで世界的な低金利・運用難を背景に、金融機関や投資家が少しでも高い利回りを得ようとリスクを半ば軽視する格好で新興国への投資を拡大し、新興国側も外資による資金調達を安易に進めてきた、その反動がいよいよ本格的に始まろうとしているわけです。
こうした現状を世界経済が抱え込んだ構造的な欠陥とみなすならば、米国の利上げ路線が続く限り、今後も新興各国において通貨下落などの問題はいつでもどこでも起こり得ることを覚悟しておく必要がありそうです。一方で、長期運用の観点から新興国に資金の一部を振り向けている投資家なら、こんな風に考えるかもしれません。「今回のような通貨下落は短期的には過去に何度も経験しており、それにいちいち目くじらを立てていては、とてもではないが新興国への投資などできない」と。
前述したように、新興国における資金流出や通貨下落は、その新興国に資金を提供して通貨価値の上昇に一役買ってきた世界中の金融機関や投資家にも要因の一端があると考えられます。彼らの「逃げ足」が速いということは、常により有利な投資先を求めて動き回る短期資金が多いことを示すわけですが、逆にいえば短期でリターンの最大化をめざすからこそコンテイジョンを人一倍、懸念するのではないでしょうか。
市場の趨(すう)勢が短期志向だからといって、個人投資家がそれに合わせる必要などありません。新興国に関連する問題が起こった際には、その本質的な要因がどこにあるのか、できるだけ冷静に検証してみることが大切です。たとえいくつかの新興国に危機が連鎖したり、それが先進国の金融市場にまで影響を及ぼしたりするようなことがあったとしても、私たちが注意して見るべきなのは、あくまでも問題の本質的な要因が解決可能かという点です。
エルドアン大統領の強権ぶりが市場の信頼を損ねた
今回のトルコ・ショックに至る経緯を丹念に振り返ってみると、その発端はオバマ前米政権時代の2016年7月に発生したトルコ国内でのクーデター未遂事件までさかのぼることになります。
トルコは同事件の首謀者を在米イスラム教指導者のギュレン師と断定し、身柄の拘束と強制送還を要求していますが、米国政府はいまだに応じていません。一方で米国は、同事件に関与したとの理由でトルコ政府に逮捕・起訴されて自宅軟禁状態にある米国人牧師の解放を要求していますが、こちらもトルコ政府が断固として応じる構えを見せていません。
両国の政治・外交的な対立が続くなか、米国のトランプ大統領はトルコへの経済制裁を強めており、今年(18年)8月10日にはトルコから輸入する鉄鋼およびアルミニウムへの追加関税を引き上げると表明しました。トルコの通貨であるトルコリラが急落して1ドル=7.2リラ台という史上最安値を記録したのが8月13日なので、対米関係の悪化がトルコ・ショックの直接的な引き金となったことは明らかです。
ただし、市場ではもっと前の今年4月ごろから、別の要因によってリラへの売り圧力が強まりつつありました。当時は米国の長期金利が上昇して、新興国からの資金流出懸念が高まった時期にあたります。特に経常赤字や対外債務比率が大きいトルコの金融政策には、いやでも市場の注目が集まることになりますが、トルコ中央銀行は4月下旬の会合で利上げ幅を0.75%という小幅な水準にとどめたのです。
その後、トルコのエルドアン大統領が中央銀行への統制を強める考えを示したことなどから、リラ相場は5月23日に1ドル=4.92リラまで急落します。これを受けて中央銀行は同日中に3%の緊急利上げを実施し、続いて6月初旬の会合でも1.25%の利上げを決定しました。こうしたいわばドタバタ劇の背景には、エルドアン大統領がかねて「金利は搾取の道具」であると公言し、景気を冷やすとして利上げに反対の立場を取っているという事情があります。
6月下旬の大統領選挙を間近に控えて中央銀行が突如、金融引き締めの姿勢を強化したため、一時はエルドアン政権が選挙対策として方針転換を図ったのではないかとも見られていました。ところが7月24日の会合で、中央銀行は事前の予想に反して政策金利の据え置きを発表します。利上げをけん制するエルドアン大統領に中央銀行が配慮(忖度・そんたく)しているのではないかという疑念が市場で再び高まり、そこからリラの下落傾向が鮮明になったわけです。
こうして見る限り、政治・外交から金融政策への介入にまで及ぶエルドアン大統領のきわめて強権的な政権運営が市場の信頼を損ね、それがリラ急落の主因になったと考えてよさそうです。市場で問われているのがエルドアン大統領の資質だとするならば、トルコ・ショックはなかば“人災”でもあるわけですが、一方でトルコ経済の現状はどうなっているのでしょうか。次回はそのあたりの話題を中心に、引き続きこの問題の本質と影響について考えます。