トルコ・ショックがもたらす影響について、どのように考えればいいですか?(後編)
トルコは緩和マネーを使って成長を演出してきた
トルコ・ショックが発生した今年(2018年)8月には、多くの新興国通貨において対ドル下落率が月間2ケタ台を記録しました。なかでも下落率が30%と際立って大きかったのが、トルコリラとアルゼンチンペソの2通貨です。トルコとアルゼンチンには経常赤字国であることに加えて、インフレ率と対外債務が相対的に大きいという共通点があります。
IMF(国際通貨基金)では両国の今年のインフレ率をそれぞれ11.4%、22.7%と予測していますが、トルコでは8月の消費者物価指数(CPI)が前年同月比17.9%の上昇を記録。アルゼンチンでも直近の月間インフレ率は30%超に達する見込みです。両国の中央銀行は通貨防衛策として断続的に政策金利を引き上げてきており、現状ではトルコが年17.75%、アルゼンチンが同60%となっています。これだけ国内の金利水準が高いと景気後退の懸念が広がりやすいため、おのずと通貨価値は安定しにくくなるでしょう。
対外債務については金額の大きさもさることながら、その返済原資となりうる外貨準備に対して債務規模が大きいほど、市場で返済能力が疑問視されやすくなります。入手可能な最新データによると、トルコの対外債務は4,667億ドルで外貨準備の3.6倍、アルゼンチンの対外債務は2,537億ドルで外貨準備の4.4倍に上っています。
財政面でのもろさが目立ち、通貨安を阻止する力が弱いことを市場に見透かされた両国が「売り」のターゲットにされている構図ですが、両国に対する市場の見方がまったく同じというわけではありません。過去に何度も国債がデフォルト(債務不履行)に陥ったアルゼンチンについては、今回も同様の懸念が広がっていますが、一方のトルコではリラ安による物価高などで国民生活に影響は出ているものの、実体経済は一定の安定感を保っています。
トルコの公的債務残高のGDP(国内総生産)比は約28%と、ユーロ圏平均の半分以下であり、財政赤字のGDP比も12年以降は1~2%台で推移しています。10年物国債の利回りは20%を突破しましたが、公的債務が支払い不能なほど膨張したわけではないため、国債のデフォルトリスクを指摘する声は少ないのが現状です。
トルコはそもそも人口約8,000万人と国内市場(内需)に厚みがあり、自動車や観光など国際的な競争力を持つ産業もあるため、経済の足腰は弱いわけではありません。人口増加も続いており、むしろ経済成長の余力は大きいといえるでしょう。ただし、経済の地力はあっても政策への信頼感が乏しいと、何かにつけて市場からスキを突かれることになります。
ここ数年、米欧が金融緩和の出口を模索し始めた局面においても、トルコは海外資金に頼った内需刺激策を続けました。17年には7.4%という高い実質経済成長率を記録しましたが、これはいわばエルドアン大統領が緩和マネーを用いて対外債務を膨らませ、成長を演出した結果です。身の丈を超えた投資や消費の拡大は輸入増に直結し、18年の経常赤字はGDP比で6%超に膨らむ見通しです。
世界が無視できない地政学的な重要性
経済の構造改革を先送りし、独善的・独裁的な政権運営を続けてきたツケが回った格好ですが、だからといって市場がこのままトルコを見放すとも思えません。理由は2つあります。ひとつは、トルコが市場にとってリトマス試験紙のような役割を担っているのではないかということ。
振り返ると、FRB(米連邦準備理事会)による利上げ局面では過去にもたびたび新興国からのマネー流出が取りざたされ、欧米ヘッジファンドなどの投機筋はそれに便乗して通貨や債券を売り浴びせてきました。今回も米国が利上げを進めるなかで、その世界的な影響度を測ろうと、市場参加者が一部の新興国を利用して「瀬踏み」を行っている側面が強いのではないでしょうか。
ある市場関係者の試算によれば、すでに市場はトルコにおける今後5年分の経常収支の赤字や対外債務の悪化を織り込んだことになり、トルコリラは十分な調整をしたと考えられるそうです。エルドアン政権が市場からの信頼回復へ向けて今後どのような政策を打ち出すかによりますが、場合によっては市場がトルコ経済の地力に改めて注目する日が意外と早く来るかもしれません。
もうひとつの理由は、地政学的な観点からみたトルコの重要性です。トルコは中東と欧州の間に位置してロシアにも近く、欧米にとっては安全保障の要衝ともいえる存在です。1952年には当時のソ連に対する抑止力という意味合いから、NATO(北大西洋条約機構)にも加盟しています。ここ数年はシリア問題やクルド人勢力の扱いなどを巡って利害関係が複雑化していますが、元々は欧米がトルコの民主化を促しながら同盟関係を構築してきた長い歴史があります。
また、トルコはEU(欧州連合)との間でかわした合意を通じて、シリアなどから欧州へ向かう難民の流れを抑える役割も果たしており、欧州社会の安定化に一役買っているともいえます。トルコは米国と同じく何かと人騒がせな国ではありますが、だからこそ良い意味でも悪い意味でも、世界が無視できないプレゼンス(存在感)を維持し続けるように思われるのです。