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いま聞きたいQ&A

国が行う経済政策の問題点を、できるだけ本音レベルで教えてください(後編)

日本経済の現状は景気低迷といえるのか?

経済指標の数字を見る限り、日本経済の現状は景気低迷とまではいえない可能性があります。例えばGDP(国内総生産)の実質成長率(物価変動を除く)は、2015年10~12月期こそ改定値で前期比0.3%のマイナスでしたが、直近の16年1~3月期には速報値で同0.4%のプラスとなっています。これは年率に換算すると1.7%のプラスに相当します。

消費者物価指数の上昇率(インフレ率)は、生鮮食品を除くベースでは0%近辺を行ったり来たりしている状態ですが、生鮮食品とエネルギー、酒類以外の食料を除くベースでは15年の平均値が前年比1.0%、16年1~3月の月次値も前年同月比0.7~0.8%で推移しています。政府と日銀が掲げる2%には遠いものの、それほどひどい数字というわけでもないでしょう。労働市場では失業率が3%台前半まで改善し、企業収益も全体として見れば堅調です。

景気がさほど悪いわけでもないのに日本経済の成長率が目立って上昇しないことや、日本国民の間で経済的な閉塞感や将来不安が広がっていることがむしろ問題なのかもしれません

その背景として多くの専門家が指摘するのが、潜在成長率の低下です。日本の潜在成長率は日銀が0.2%、内閣府が0.4%とそれぞれ推計値を発表しており、後者は毎年下がり続けています。日本経済は潜在的に秘めた成長の実力が低下していて、そのような状況では景気が多少上向いても実際に表れる成長率の数字はたかが知れています。経済成長率を上昇させるためには、まずはその基となる潜在成長率を引き上げなければならないというのが専門家の一致した意見です。

潜在成長率を引き上げる方法として、これも多くの専門家が指摘するのが経済の構造改革です。AI(人工知能)やロボットなどのイノベーション(技術革新)による生産性向上、岩盤規制の撤廃を通じた民間投資の促進、伝統的な雇用システムの改革、社会保障費を中長期的に賄う税制改革など、実にさまざまな施策が論じられています。ただ、いずれも具体策を打ち出そうとすると合意形成が難しく、時間もかかるというのが実情です。

成長よりも課題解決に経済運営の軸足を置く考え方も

低成長・低インフレの環境下で構造改革を断行すると、逆効果になりかねないという指摘もあります。過度な規制を撤廃して競争を拡大すれば、賃金や物価の変動はより柔軟になることが予想されます。しかし、消費支出が縮小するなかでそれらの改革が進んだ場合、賃金も物価も下落に向かうばかりで消費支出はいっそう抑制されかねません。こうした供給サイドの改革が実を結ぶためには、同時に財政出動などを実施して需要サイドで消費支出を下支えする必要があるというわけです

この意見も一理あるようには思えますが、前回も紹介したように財政出動による需要増加は期待薄であり、いまひとつふに落ちません。もっと説得力のある意見や提案はないのでしょうか。安部首相は「ニッポン一億総活躍プラン」をキャッチフレーズに、成長戦略の一環として雇用の拡大も掲げています。これに対してある大学教授は、最終需要をつくらずに雇用だけを増やしても「仕事の取り合いに終わるだけ」と指摘しています。

GDPが増えないなかで女性就業者や非正規雇用の数をどれだけ増やしても、それは1人あたりの生産性が低下したことを意味するだけであり、個人所得は増えず国民生活は豊かにならない。だから最終需要を増やす以外に解決策はない――というのがその見解です。いささか乱暴なまとめ方かもしれませんが、この説明はイノベーションなど構造改革に関する他の項目はもちろん、日本の経済政策全体にもそのままあてはまるような気がします。

もうひとつ、私たちは「日本経済にこれ以上の成長が本当に必要なのか」という素朴な問いかけにも耳を傾けておく必要がありそうです。経済的な豊かさの一方で、日本は少子高齢化やそれに伴う生産年齢人口の減少、社会保障制度の疲弊といった多くの社会的課題を抱えており、「課題先進国」とも呼ばれています。それならば、経済運営の軸足を成長ではなく課題解決に置くことを、国をあげてもっと真剣かつ具体的に考えてみてはどうなのでしょう。

前述の大学教授は、年金の支払いは生活困窮者層にとどめて、それ以外の高齢者には介護や医療、観光、文化、健康といった分野で高品質のサービスを現物支給する案を提示しています。高齢者は年金を得る代わりに自らのニーズに合わせた満足度の高いサービスを消費し、そのための費用は現役世代の雇用と所得につながるという仕掛けです。これはある意味で、少子高齢化を逆手にとった新たな最終需要の創出といえるかもしれません。

もちろん、こうした具体策の実現に向けてはさまざまな抵抗や軋轢(あつれき)が避けられないと思います。しかしながら、従来の経済政策に最も欠けていたのは、このように大局から日本経済を眺め、効果の持続性が高い対策を本気で実行に移すことではなかったでしょうか。もはやお題目や目先の数字合わせはいらないと、多くの日本国民が考えているはずです。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。