1. 金融そもそも講座

第118回「ボラティリティの低下について PART2」変動の理由=高率インフレ

前回の原稿を掲載してから半月余りの間に、ウクライナではマレーシア航空機の撃墜とそれに伴う欧米とロシアの対立先鋭化があり、中東ではイスラエルとハマスのガザ地区を巡る攻防の激化という大きな地政学的事件があった。その間さすがにVIX(ボラティリティ・インデックス)指数は上昇したものの、その後はまた低下の気配を示している。そこで今回は、株や為替など多くの金融商品の「低ボラティリティ現象」が今なぜ起きているのか、歴史的に見ればどのような経緯なのか、そして今後をどう展望すればよいのかを取り上げる。

その背景

低ボラティリティ現象の発生に関しては、いろいろな説がある。しかし筆者は長年マーケットに携わってきた人間として、自分なりにその背景を以下のように考えている。その中にこそ、次にマーケットが動き出す環境を見ることができると思う。それが望ましいかどうかは別にして。

  • (1) 世界経済がインフレ率、成長率などいくつかの重要な点でシンクロナイズしてきている。インフレ率は世界的にデフレが懸念されるほど低位安定の状態であり、成長率も先進国、途上国を問わず戦後の歴史から見れば例を見ない低さにある
  • (2) 投資家が資金を動かそうとする大きな要因は、当該国のインフレとその格差、対外収支格差、国や企業の成長率格差など、“格差”だ。税制の変更など他の要因もあるが、各種の格差が投資家を時に投資的・投機的な、そして時に保身的な資金移動へとかき立てる
  • (3) 低インフレ、低金利ということは、そもそも資金移動の“誘発”要因が弱いということだ。その一方で、今の世界には有り余るほどの資金が出回っている。先進各国の中銀が超緩和策を続けているためだ。環境から見ればお金が大きく動ける背景はある
  • (4) しかし、積極的な誘発要因を失った資金は投資・移動見返りの小ささが見えるだけに、総じて鈍い動きとなる。その中で短期筋が目先の売り買いを繰り返すだけの展開だ。また世界の貧富の差を広げるような投機・投資は強く非難される環境にある

筆者は一番の根本的な背景は(1)だと思う。

変動の理由=高率インフレ

なぜそう考えるかというと、今の我々が少し懐かしんでいる「マーケット大変動の時代」、すなわち激しい動きがあってテレビの経済番組を見ていてもワクワク、ヒヤヒヤする時代は、今とは逆に「高インフレ・高金利」という時代背景があったからだ。それはまた各国間でインフレ率や金利水準に非常に大きな格差があった時期だった。

戦後ずっと続いた1ドル=360円の固定相場制が崩れてドル・円相場が動き始めたのは1971年8月のニクソン・ショック。変動相場制が始まったのは73年の春だ。その年に何があったかといえば第一次石油ショックである。1バレル4ドルの原油相場が短期間に3倍、4倍に値上がりした。石油は戦後世界経済の基幹エネルギーだったから、この原油価格上昇は世界的なインフレと、それに対応した世界各国の中央銀行の強い引き締め、それに伴う市場金利の上昇を招いた。

高い金利も為替相場の変動も、余剰資金の移動を誘発する。なぜなら、為替相場の動きを読みながらうまく資金を移動させれば、短期間で大きなリターンが望めるからだ。金利の低い国で資金を調達して為替を起こし、高い国にお金を置けば、土日祝日でも「金利差のメリット」(スワップポイントと呼ぶ)を受け取れる。金利差が大きければ大きいほどこのメリットも大きいから、金利の高い国の通貨にはいっとき大きなお金が集まる。しかし一方では「金利が高いということはその国のインフレ率が高い」ということで、それは時間の経過とともにその国の通貨が減価することを意味する(デフレ国の通貨は増価する)。

そこで大きな綱引きが起きるわけである。つまり金利差メリットを受け取っていたい、そのためには当該通貨の上昇(少なくとも横ばい)を期待する投資家と、インフレ故に高金利通貨のいつかの下落にかけたい投資家の攻防だ。この攻防はあちこちで起きたし、時に当局も対外収支の改善を目的に参加した(プラザ合意など)。70年代の大部分、80年代、90年代、そして21世紀に入っても相場は各市場で大きく乱高下して、「大ディーリング時代」が続いた。その大前提は「高インフレ」「金利の上下動」だったといえる。

再燃の可能性は

しかし今の時代、この二つは消えて久しい。だから相場は低ボラティリティの中で小動き(特に為替)になった。また株価は超がつくほどの金融緩和とそこそこの企業業績の伸びを背景に、ゆっくり上昇を続ける状況ができ上がった。それはこの1年ほどのことといえる。もっとも当初は「リーディング時代」の名残や、市場参加者の頭の中に残っていた「高いボラ」への期待、願望が時にVIX指数を時に押し上げてきたのだろう。しかし同指数は押し上がっても、相場が長く大きく変動を続けることはなかった。「今はそういう時代」との納得期に入ったのが、この半年間のVIX指数の超安定につながっていると見る。

実際のところ、今は投資家が大きく資金を移動する誘因に乏しい。金利では資金を動かす誘因は働かない。市場の開放と自由化が進み、ECB(欧州中央銀行)がマイナスの政策金利を導入すれば、日本の一部市場金利がマイナスになるなど同期現象も出ている。経済成長率はかつてBRICSなど途上国で高かったが、それらもかなり下がった。先進国を含め世界の主要国の成長率は戦後のどの時期よりも狭い範囲に収斂(れん)しつつある。“高成長”故に買える市場も少なくなったということだ。

ということは、以下のような状況が今の平穏な低ボラティリティの環境を変える可能性が強いということだ。

  • (1) 世界的にインフレ率が高まり、各国の金融当局が利上げを急ぎ始め、各国間で金利格差が出てきたとき
  • (2) 各国間で成長率格差が生じ、また石油価格の急上昇や世界の資本の動きをかき乱す地政学的リスクが発生したとき

つまりそれらの環境が続くかどうかを見ることが、これからの市場を判断する上で一番重要ということだろう。ウクライナも中東も今の段階では(2)には至っていない。しかしマーケット環境を大きく変える危険性をはらんでいることだけは確かだ。やはり慢心は危険だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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