1. いま聞きたいQ&A
Q

今、世界的に物価が上がりにくくなっているようですが、その理由は?(前編)

予想インフレ率が中央銀行の目標から遠ざかる

日米欧などの先進国を中心に、物価が上がらない「低インフレ」の状態が続いています。例えば米国では、FRB(米連邦準備理事会)が物価指標として重視する個人消費支出デフレーターの上昇率が今年(2015年)7月に前年同月比0.3%と、目標の2%を大きく下回りました。変動の大きな食料とエネルギーを除いた「コア指数」で見ても7月の上昇率は1.2%にとどまり、39カ月連続で2%に届いていません。

ユーロ圏では8月の消費者物価指数が前年同月比0.2%の上昇にとどまりました。4月にマイナス域から脱したものの、その後は0.2%程度の足踏みが続いており、物価上昇のペースは鈍いままです。日本の消費者物価指数(CPI)は変動の激しい生鮮食品を除くベースで、7月に前年同月比0%(横ばい)となりました。原油安などの影響から年末までは0%前後で推移するとの見方もあり、本格的なデフレ脱却へ向けて予断を許さない状況です。

物価に連動する国債の取引状況から割り出した、投資家が予想する将来の物価上昇率をBEI(ブレーク・イーブン・インフレ率)といいます。その集計を見ると、今後7~8年程度の中長期の物価上昇率は米国で1.4%台、ユーロ圏と日本では1.0%台となっています。いずれも今年7月以降に大きく低下しており、中央銀行が目指す2%のインフレ目標からは遠ざかりつつあります。

こうした世界的な低インフレについては、専門家の間でさまざまな要因が指摘されていますが、いまひとつふに落ちないというのが正直なところです。それはいわゆる「長期停滞論」などの構造的要因から、中国経済の減速や資源価格の下落といった循環的要因まで、すべてが並列に語られているからではないでしょうか。

ここではいくつかの要因をできるだけ分かりやすい形で関連づけながら検証することにより、低インフレという問題の本質的な意味に迫ってみたいと思います。

低インフレは経済のグローバル化から始まった?

オランダ経済政策分析局の「世界貿易モニター」によると、08年のリーマン・ショック後に一旦はV字回復を見せた世界の貿易量は、14年12月をピークに頭打ちとなりました。米国スタンダード・アンド・プアーズの調査では、世界の主要な事業会社の設備投資は今年が前年比1%減、16年には同4%減となる見込みです。

ここにきて世界的に経済活動が鈍化へ向かっているわけですが、その背景には中国経済の想定を超えた減速があります。中国のドル建て輸入額の伸び率は10年の38.8%から14年には0.4%まで低下し、今年上半期(1月~6月)には15.6%減と、半期ベースとしては09年上半期以来となる2桁のマイナスを記録しました

中国の輸入減少は貿易相手国の景気に悪影響を及ぼすことになりますが、加えて注目したいのが中国による“なりふり構わぬ”輸出拡大の影響です。これまで非効率な過剰投資によって高成長を実現してきた中国では、内需が低迷すると国内における供給過剰の解消へ向けて輸出を増やそうとします。例えば昨年から今年にかけて中国の製鉄企業が鉄鋼輸出量を大幅に増やしたことにより、鉄鋼価格は世界的に値崩れを起こし、各国の製鉄企業の収益を圧迫しています。

いわば中国が世界へ向けて低インフレを輸出している格好ですが、実は意味合いこそ異なるものの、先進国も過去には同じことをやってきました。東西冷戦終了後の1990年代から2000年代にかけて先進国が積極的に経済のグローバル化を進めた結果、新興国や旧東側諸国の安価な労働力が先進国の経済圏に組み込まれていきました。コスト削減や利益追求の名の下に製品と人件費の低価格競争が激化し、それが世界的な低インフレを招いたという側面は否定できません。

それでは、なぜ先進国はグローバル化を進めたのでしょうか。当時から今日まで一貫して先進国の「外需依存」が目立つところをみると、いずれは避けられぬ内需の限界を克服するために新たな外需をつくり出すことが最大の目的だったような気がします。すなわち新興国などの経済水準を引き上げて新たな巨大マーケットを手に入れる代償として、先進国は構造的な低インフレを余儀なくされたというわけです

先進国が内需の限界を意識し、外需の開拓を急いだ理由の一つとして、高齢化に伴う生産年齢人口の減少が挙げられます。労働力の中核を成す15~64歳の人口は、欧州では10年の5億528万人でピークに達し、移民が多い米国でも全人口に占める割合で見ると10年をピークに低下へ転じたもようです。日本では15~64歳人口が減少に転じた90年代半ばから消費者物価指数もマイナスになりました。

そしてもう一つ、人口問題以上に深刻な影響をもたらしたと考えられるのが、先進国で頻発するバブルの生成と崩壊です。次回はこの話題を中心に先進国の経済政策なども絡めながら、引き続き低インフレの要因と本質を探っていきます。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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