1. 金融そもそも講座

第121回「始まった“出口戦略” PART3」下げ続ける世界の長期金利 / 先進国人口の頭打ち

前回は現実化する米国の量的金融緩和(QE)終了と来年(2015年)に見込まれる政策金利引き上げのプロセスの中で、当然出てくる政策立案者間での見解の相違、そしてそれが持つマーケットへの意味合いなどを考えた。今回は米国を取り囲む欧州や日本の動きを踏まえながら、世界のマーケットが実際にどう動いているのか、そして今後どう動くのかを予想する。なぜなら米国の出口戦略が接近する中でも、欧州の新たな緩和策を巡って世界の長期金利が低下するなど、過去に例のない動きが見られるからだ。

下げ続ける世界の長期金利

今マーケット関係者を一番驚かせているのは、米国の利上げ観測があるにも関わらず世界の主要先進国の長期金利が上がるどころか軒並み下がっていることだろう。当の米国を含めて実に広範な国で長期金利が下げ続けているのである。

例えば、ユーロ危機の際には国債利回りの上昇で国の資金調達さえ不安視され、「もうこれらの国の国債利回りは当分大きくは下がらないのではないか」と思われたスペインやイタリア、さらにギリシャの国債利回りも大幅に低下、一部の国のそれは史上最低の水準に落ち込んでいる。読者の皆さんにもインターネット上のサイトなどで、ぜひ実際に見ていただきたい。その下げ方は確信に満ちている。

信用力の高いドイツの長期債利回りは最近では過去に例のない1.0%割れ、そしてさらには0.9%割れを記録した。世界最大の経済大国である米国が「来年の半ば」とやや先であるにしても「利上げ」を視界に入れてきたこの時期だったから、驚きを誘った。通常、世界最大の経済大国である米国で「利上げ観測」が出るときには、世界の金利水準は連動して上がるケースが多かったからだ。

もっと驚くのは、実は当の米国の長期金利が上がるのではなく、むしろ下げ続けていることだ。年初一時3.0%の水準に乗っていた米国の指標10年債の利回りは、上下の動きを示しながらも基調的に右肩下がりを続けて、最近では2.3%近辺にある。過去の常識からすれば、当局が利上げを計画している国の金利の動きにはとても思えない。

しかし欧州や日本の金利がそれ以上にレベルを下げているので、ドルは全般的に強い動きとなっているのだ。いずれにせよ世界の金融市場は過去にない局面にある。つまり、世界最大の経済大国である米国の利上げ観測が強まっても、世界の金利は低下を続けているということだ。

先進国人口の頭打ち

では“そもそも”何が起きているのか。その理由として筆者は次のようなことを考えている。

  • 1. 欧州でデフレ懸念が強まるなど、世界経済は依然として「低インフレ状態」であり、比較的景気が良い米国でもあまり違わない状況であること
  • 2. 先進国全体的に人口の伸びが鈍化、または減少傾向が顕著で、そのため世界の先進国の潜在成長率が軒並み下がってきていると思われること
  • 3. 過去のインフレ→高金利の大きな背景だった産業基礎資材、例えば石油や穀物などの値段が、エネルギー革命、生産革命などもあって当面は大きくは上昇する見通しにないこと

つまり非常に大きな問題がそこには横たわっているのである。それは戦後の世界経済を巨視的に見てみないと分からない。例えば1945年の日本の人口は7300万人だった。しかし今は1億2800万人(外国人を含む)台。わずか70年の間にこれだけ人口が増えた。だから経済が大きく成長し、需要の増加の中で時に強いインフレ圧力が生ずるのは自然だった。だから地価も上がった。

重要なのは、日本だけでなく世界の主要国がすべて戦後に人口の急増を経験したことだ。人口増加は「経済規模の拡大」で最も重要な要素だ。生産性の上昇も投下資本の増加も重要だが、ファクターとしては人口の増加が一番大きい。今は「先進国」と呼ばれているような国では、戦後それが軒並み起こった。世界は非常に大きな成長パターン、物価上昇圧力の中にあったといえる。では今はどうだろうか。今の先進国が、そして今後の先進国ができることといえば、せいぜい人口の微増・維持(米国とフランスのような)か、人口の減少(日本など多くの先進国が直面する)であり、さらに先進国に総じて言えることは「人口構成の高齢化」だ。高齢化は消費者の需要動向の大きな変化を招来する。経済をサービス中心に移行させる。高齢者が必要なのはモノではなくサービスだからだ。

定義されない“正常化”

だから米国が先導する金利上昇局面であろうと、20年前、いや10年前のそれと今とでは全く違うはずだ。物価環境が全く異なっている。上がり始めたと言っても、当の米国のインフレ率はFOMC(連邦公開市場委員会)が「かなり目標に近づいてきた」という表現にとどめている程度だ。目標の2%にはほど遠い。欧州の直近のインフレ率は0.3%の低さだ。今先進国の中で一番物価上昇圧力が強いのはつい最近まで長引くデフレに悩んでいた日本。消費税の引き上げや天候不順などがその背景だ。しかし日本の物価が世界で一番勢いよく上がっているとしたら、世界の物価環境は全く安心できる程度だ。

今とても興味深いのは、「非伝統的金融政策」からの脱出(QE3の終了からFF金利の引き上げプロセス)について米金融当局者が「正常化」という単語を使うことである。例えば7月のFOMCの議事録の冒頭は「Meeting participants continued their discussion of issues associated with the eventual normalization of the stance and conduct of monetary policy, consistent with the Committee’s intention to provide additional information to the public later this year, well before most participants anticipate the first steps in reducing policy accommodation to become appropriate.」という文章だ。

「eventual normalization」という単語が出てくることに注目してほしい。「最終的な正常化」と訳せる。たったこれだけの文章でもいろいろなことが分かる。今のQE残り(まだ毎月250億ドルの債券購入をしている)の「“超”量的金融緩和+ゼロ金利政策」を当局は“異常”だと思っていると分かるし、その正常化(normalization)が最大の懸案事項なのだと分かる。しかし一体「正常化」とは何か。

恐らくそれは戦後のいかなる時期とも違うだろう。量的金融緩和を終えてゼロ金利を解除しても、世界の先進国の長期金利の水準は戦後のいかなる過去に比べても非常に低いかもしれない。ということはイールド・カーブはとても緩やかなものになるはずだ。そもそも正常化が始まったとして政策金利はどのようなインターバルで上げるのか。米国の金融政策の歴史を見るとFOMC開催ごとに0.25%の利上げをした時期もあった。しかしそうなるだろうか。違うような気がする。次回はそれを取り上げる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

バックナンバー2014年へ戻る

目次へ戻る