長期の円高の後では円安の波も大きくなる
外国為替市場で円安・ドル高の流れが鮮明になりつつあります。今年(2013年)1月11日には一時1ドル=89円台と、約2年半ぶりの水準まで円安が進みました。市場では円高から円安へと為替相場のトレンドが大きく転換したとの見方が強まっていますが、一方で円安進行のピッチがいささか急すぎるため、円高への揺り戻しを警戒する声もあります。まずは統計データに基づく経験則から、円ドル相場の「現在位置」を探ってみることにしましょう。
過去の外国為替市場を振り返ると、通貨の価値が16年周期で大きく変動するケースが目立ちます。これは「16年サイクル説」と呼ばれており、例えば英ポンド相場が対ドルで急落したのは1976年、1992年、2008年で、いずれも16年間隔です。円ドル相場は1995年と、16年後の2011年にそれぞれ円高の史上最高値を更新しました。このサイクルが今後も続くとするならば、すでに円ドル相場の方向性は天井(円高)から下向き(円安)に転じていると考えることができます。
為替の変動相場制が導入された1970年代以降で、最も長く円高局面が続いたのは1990年4月~95年4月の約5年間です。直近の円高では、その起点が2007年6月の1ドル=124円14銭とされています。そこからの円高局面が仮に2011年10月の史上最高値1ドル=75円32銭で終わったとすると、円高の期間は約52カ月(4年4カ月)となり、やはり5年以内にぴったり収まります。
1980年以降でみると、円高・ドル安が続く平均期間は約34カ月(2年10カ月)となっており、直近の円高局面は平均よりも期間がかなり長かったことが分かります。市場関係者によると、長期の円高の後では円安の波も大きくなる傾向があるそうです。例えば前述した5年間という最長の円高後に、円安局面は40カ月にわたって続きましたが、それは円安・ドル高が続く平均期間(20カ月)の2倍に相当する長さです。
これらの経験則から総合的に判断すると、円高から円安への構造的な大転換はすでに始まっており、しかも今回の円安局面は長期にわたって続く可能性があるといえそうです。
実需面で円安傾向が高まった3つの要因
外国為替市場では、ヘッジファンドなどによる金利差益や売買益を目的とした取引が9割程度を占めています。昨年(2012年)秋以降の急速な円安進行についても、こうした海外の投資・投機マネーによる急激な円売りが大きく関わっているはずです。ただし、投資や投機が目的の為替取引では、決済にあたっていずれは反対売買を行う必要があり、中長期の相場への影響は中立的とも考えられます。
為替トレンドの大きな流れを見極めるうえでは、むしろ為替取引全体の1割程度にすぎない「実需」に基づく取引動向に注目することが大切です。取引量は少ないものの、取引が一方向であるため、為替相場に対して着実に影響を与えるからです。
実需に基づく為替取引の動向を知る際に指標となるのが、みずほコーポレート銀行マーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏が提唱する「基礎的需給」というデータです。これは国際収支統計のうち、経常収支の「貿易・サービス収支」や資本収支の「直接投資」および為替ヘッジ付き以外の「証券投資」など、為替相場に影響を及ぼしそうな項目だけを抜き出して推計したもので、実需にともなう円の売買の全体像を把握するのに役立ちます。
基礎的需給は昨年1~9月期に1.8兆円のマイナス(円売り超過)を記録しました。2011年が16.3兆円のプラス(円買い超過)だったことを考えると、実需面では大幅に円安傾向が高まっていることが分かります。基礎的需給がマイナスに転じた背景としては、主に以下の3つの要因が挙げられます。
- (1) 欧州や中国向け輸出の低迷および火力発電用燃料の輸入増加などで日本の貿易赤字が拡大し、海外に支払うための円売り・外貨買いが増えた
- (2) 欧州債務危機の一服によって世界的にリスク回避の動きが弱まり、日本国債など海外から日本への証券投資が縮小した(円買いの減少)
- (3) 円高メリットを利用した日本企業による海外への直接投資(海外企業の買収など)が急増し、現地通貨を調達するための円売りが増えた
こうした実需面での裏づけも合わせると、いよいよ本格的な円安トレンドが始まったと考えるのが妥当かもしれません。次なる関心は、この円安が日本の経済や社会にどのような影響を及ぼすかということですが、それについては次回に考えてみたいと思います。