市場の評価がマイナスに転じると円安が始まる要因に
将来的に円安・ドル高が進むという仮定は、日本国債の暴落(長期金利の急騰)とセットで語られるケースが多いようです。もちろん、円安にはさまざまな要因が考えられるため、必ずしも国債暴落とリンクするとは限りません。しかしながら、一部の市場関係者の間では「それほど遠くない将来に長期金利が8%程度まで上昇し、1ドル=200円台まで円安が進む」と見る向きもあるようです。
IMF(国際通貨基金)の試算によると、今年(2011年)4月現在、日本における公的債務残高のGDP(国内総生産)比率は230%となっています。これは国債のデフォルト(債務不履行)やユーロからの離脱が取り沙汰されているギリシャの152%を、はるかに上回る水準です。こうした財政の危機的状況にもかかわらず、日本ではこのところ長期金利が1%前後で低位安定し、為替はむしろ円高傾向が続いています。その理由としては、以下の点などを市場がプラスに評価しているからと考えられます。
- ・消費税の増税余地がある
- ・経常収支が黒字
- ・国債の国内消化比率が高い
逆にいえば、これらの評価がマイナスに転じた時点で市場の「日本売り」、すなわち国債価格の下落と円安進行が始まる可能性があるわけです。
日本政府は国と地方の基礎的財政収支について、GDP比の赤字幅を2015年度までに半減し、2020年度には黒字化するという目標を掲げています。ただし、内閣府が名目GDP成長率を平均1%台として割り出した試算では、消費税率を10%まで引き上げたとしても、2020年度の基礎的財政収支は18兆円前後の赤字となる見通しです。黒字化の達成には消費税率を12%にまで引き上げる必要があるともいわれています。消費税の増税余地があるといっても内実は相当に厳しく、政府が本当に実行できるかどうか疑問が残ります。
東日本大震災や原発事故によって火力発電用の燃料輸入が増えたため、今後は貿易赤字が増える可能性もあります。日本経済研究センターでは最悪の場合、日本が2017年度にも経常赤字に転落すると予測しています。これは国債価格の動向にかかわらず、円安の要因となります。
日本国債の国内消化比率は95%に上りますが、それを支えているのが家計の金融資産から負債を差し引いた1,110兆円の「個人金融資産」です。一方で、国債や借入金などを合わせた「国の借金」は今年6月末現在、943兆円超に達しています。毎年44兆円規模の国債発行が続いていることや、家計の貯蓄率が低下傾向にあることから、数年後には国の借金が個人金融資産を上回りそうで、国債の国内消化には転機が近づいているといえます。
日本政府の対応によっては、市場から大きな失望も
今年8月に米国の格付け会社のムーディーズ・インベスターズ・サービスが、日本国債の格付けをAa3(AA-に相当)まで引き下げました。同じく米国のスタンダード&プアーズも、すでにAA-まで格下げを実施しています。今後、格付けがさらに1段階下がってA(シングルA)格になった場合、それが国債暴落の引き金になる恐れもあります。
海外の金融機関や年金基金、政府系ファンドなどの多くは、シングルA格になった時点で国債を手放すという運用ルールを設けています。そうした動きに乗じて、海外の投機筋が日本国債の空売りを仕掛けてくるかもしれません。
そもそも、いま市場が米国や欧州の財政状況をこれだけ問題視しているなかで、日本だけがいつまでも「蚊帳の外」にいられるはずはないでしょう。米国や欧州で国債価格が下がる事態となればもちろんのこと、米国の景気や欧州危機といった諸問題が一段落した時点でも、市場の矛先は日本に向いてくるかもしれません。
日本政府が国債暴落の日まで、ただ指をくわえて見ているとは誰もが思わないはずです。まだ時間はあるし、増税から社会保障制度改革、規制緩和や経済の成長戦略まで、やれることもたくさんあります。だからこそ、何もできなかった時の市場の失望は大きくなると思われます。
とくに現在の円高傾向が、他通貨と比較した消去法や円に対する過大評価によるものだった場合、それが長期にわたるほど、国債問題などで円安傾向に転じた際に“制御不能に陥る可能性”が高くなることも考えられます。最悪の場合のシナリオのひとつとして、覚えておいた方がいいかもしれません。