1ドル=100円で経常収支が大幅に改善!?
円安が日本に及ぼす影響のうち、メリットとされるのが輸出の増加による企業業績の改善効果です。野村証券の試算によると1ドル=85円、1ユーロ=115円の円安水準が続いた場合、日本の主力企業295社の2012年度における予想経常増益率(2011年度比)は、従来の3.5%から6%強に高まる見通しです。また、同証券が主力企業330社を対象に行った他の試算によれば、2013年度の予想経常増益率(2012年度予想比)は1ドル=80円では27%ですが、1ドル=90円で37%、1ドル=100円で47%と、円安が進めば進むほど高まっていく見込みです。
業績改善への期待は株価の上昇にもつながっています。外国為替市場では今年(2013年)1月25日に一時、約2年7カ月ぶりとなる1ドル=91円台を記録。ユーロに対しても30日に一時、約2年8カ月ぶりとなる1ユーロ=123円台後半まで円安が進みました。30日の東京株式市場では、日経平均株価の終値が1万1,113円95銭と、約2年9カ月ぶりの高値を付けています。日経平均株価は年をまたいで11週連続上昇中ですが、これは1971年2月~4月以来42年ぶりの上昇記録です。
一方で円安のデメリットとされるのが、輸入価格の上昇です。エネルギーや原材料を輸入に頼る企業にとっては、円安が進み過ぎるとコストが増えて採算が悪化します。電気やガス、灯油、ガソリンなどの燃料関連はもちろん、食料品や消費財の一部にも価格上昇が及ぶことで、私たちの家計も圧迫されることになります。
単純にいえば、円安が日本に及ぼす影響は、輸出における企業利益の増加というプラス面と、輸入における物価上昇というマイナス面が、どのようにバランスするかによって変わってくるわけです。これに関してヒントになりそうなのが、円安による貿易収支や経常収支の改善効果です。
ゴールドマン・サックス証券が1ドル=80円前後だった昨年(2012年)12月に行った試算では、今後1年間にわたって1ドル=88円前後の円安が続いた場合、年換算の輸出増加額は輸入増加額より2兆円多くなる、すなわち貿易収支の改善効果が2兆円に上ると予想しています。クレディ・スイス証券の試算によると、今年3月末までに1ドル=91円を付けた後、年末に1ドル=100円まで円安が進んだ場合、貿易収支に所得収支も加味した経常収支の改善効果は4兆2,000億円に達する模様です。
これらはあくまでも机上の計算にすぎませんが、内閣官房参与・浜田宏一氏や内閣府副大臣・西村康稔氏が円安の適正水準として語っているように、1ドル=100円程度までの円安ならば、デメリットをそれほど問題視する必要はないのかもしれません。昨年に貿易赤字が過去最大の6兆9,273億円となった日本にとって、やはり一定レベルの円安がもたらす恩恵は大きいようです。
円安は行き過ぎても腰折れしてもまずい
専門家の間からは、為替の水準ではなく安定性が重要という声も挙がっています。問題になるのは、例えば半年や1年といった短期間に1ドル=120円まで円安が進むようなケース。あまりに急激な円安は市場に「日本売り」を連想させ、国債価格が急落(長期金利は急上昇)するなどの悪影響を及ぼす可能性があります。企業にとっても事業計画をたびたび変更するなどのコストがかかるため、収益への悪影響は免れないでしょう。
興味深いのは、自民党政府の為替相場に対するスタンスです。昨年から今年にかけて政府・与党の幹部からは円安をけん制する発言、いわゆる口先介入が相次ぎました。その背景には輸入物価の上昇で国民から不満が出ることへの懸念や、海外の円安批判をかわす狙いがあるといわれていますが、もうひとつ、7月の参議院選挙まで円安と株高の基調を保つため、円安の速度を調整したいという意図もあるようです。これは円安の行き過ぎより、むしろ「腰折れ」を警戒した動きと考えられます。
さらに参院選から2カ月後の9月は、来年(2014年)4月に消費税を引き上げるかどうかを政府が最終判断する時期にあたります。消費増税法には「景気条項」として名目3%、実質2%という経済成長の達成が消費税引き上げの条件として盛り込まれており、9月の段階でマイナス成長やゼロ成長が続いているようならば、消費税の増税はまず見送らざるを得ません。もちろん円安だけで経済成長が達成できるわけではありませんが、見方によっては一定レベルの円安を維持することが、日本の経済再生だけでなく、財政再建の行方をも左右することになるわけです。
中長期的に見れば円安の材料がそろってきているとはいえ、短期的には何が起こるか分からないのが為替相場です。円安は行き過ぎてもまずいし、腰折れしてもまずい――。そんな難題を抱えながらこの1年、私たち日本国民は為替の動向から目が離せない日が続きそうです。