「国債の需要が増加→長期金利は低下」が通常の形
日本の長期金利(新発10年国債利回り)は、日銀が異次元の金融緩和を発表した翌日の今年(2013年)4月5日に、いったん史上最低値の0.315%まで低下した後、0.6%台まで上昇するという乱高下を記録しました。その後も5月23日に一時、約1年2カ月ぶりに1%の大台を超えるなど、「長期金利を低位安定させたい」という日銀の思惑とは裏腹に不安定な動きが目立っています。
その理由を考えるにあたって、まずは長期金利の基本的な性質を確認しておきたいと思います。ここで重要になるポイントは、以下の2つです。
- ●国債の需要が増えると、長期金利は低下する(国債価格は上昇)
- ●物価が上昇してインフレの気配が出てくると、長期金利は上昇する(国債価格は下落)
前者は長期金利の動きを、国債の需給と価格の関係から見たものです。後者については、一般論として物価上昇やインフレは景気の好転を意味するため、個人や企業の間で資金需要が増えて市場金利が上昇する(貸し手に有利な状況になる)と捉えればいいでしょう。投資マネーが強気になって国債から株式や外債などのリスク資産へ資金をシフトするため、国債価格が下落するという側面もあります。
さて、日銀は異次元の金融緩和において、新たに発行される国債の約7割を自らが購入することや、購入対象となる国債の範囲を40年の超長期国債まで広げることを発表しました。国債市場では既発債も含めて国債の需要(買い手)が全体的に増えることになるわけですから、こうした日銀の施策は長期金利の低下要因となります。
一方で、日銀が大量の国債を購入する真の狙いは長期金利の低下にあるわけではありません。国債購入の担い手である銀行や保険会社などの金融機関に新たな資金を供給し、それを融資やリスク資産への投資に振り向けさせることで経済を活性化して、デフレ脱却と景気回復を図ることが日銀の本来的な目標です。日銀は2年程度で物価上昇率を2%まで高めるというインフレ目標を掲げており、それが実現すれば、長期金利は2%を超える水準まで上昇すると予想されています。
一見すると、日銀の「現在の行動」と「将来の目標」の間には、自己矛盾が生じているように思えます。ただし、これについては日銀が以下のようなシナリオを描いていると理解すれば納得がいくでしょう。
- 国債購入による市場への資金供給を通じて一時的に長期金利は低下するものの、供給した資金が有効に活用されて景気が上向けば、それにともなって長期金利も自然に上昇していく――
逆にいえば、景気が上向く前に何らかの理由で長期金利が上昇し過ぎることは、日銀にとって好ましくありません。個人も企業も借り入れや投資を手控えて、景気が腰折れしてしまう恐れが出てくるからです。そのため、例えば物価上昇などによって景気の回復基調が明確になるまでの間は、長期金利を低位安定させることが日銀の至上命題になっているわけです。
日銀という巨大投資家の出現がパニックを呼んだ
日銀にとって誤算だったのは、自らが国債市場に及ぼす心理的な影響を読みきれなかったことでしょう。国債市場に日銀という巨大な投資家が新たに出現したことにより、市場参加者は長期金利がどの辺りで落ち着くかという相場観をなかば見失い、国債を希望する適正価格で自由に売買できなくなることへの不安心理がまん延しました。
金融機関が手持ちの国債を日銀に売却して得た資金の一部は、従来ならば再び国債の購入に回るケースも少なからずありましたが、日銀の出現後は、金融機関の間で新たな国債購入を見送る動きが広がったと考えられます。こうして流動性が低下した国債市場では、ちょっとした売り買いをきっかけに相場が乱高下しやすい状況が生まれ、突如として大きくなった価格変動リスクを嫌って、金融機関がさらに国債売却を急ぐという悪循環に陥ったのです。
今年6月に入って以降、日本の長期金利は0.8%程度で推移し続けています。専門家が指摘するように、今回の乱高下の背景として日銀による市場への配慮が足りなかったことや、予定調和に基づく国債取引に慣れきった金融機関のもろさがあったとするならば、長期金利をめぐるパニックはあくまでも一時的なものであり、収束から安定に向かいつつあると見ていいのかもしれません。
ただし、最近ではもうひとつ、FRB(米連邦準備理事会)が量的緩和の第3弾(QE3)を縮小するとの観測が日本の長期金利に影響を与えるという、いわゆる外圧による波乱要因も無視できなくなってきました。
QE3の縮小にともなってFRBが米国債の購入額を減らすと、米国債の需給が悪化して米国の長期金利は上昇に向かいます。それが米国経済の改善を意味するならば、対米輸出の拡大などを通じて日本経済にもプラスに働くはずで、日銀も金融緩和の縮小へ動くという連想から、日本の長期金利にも上昇圧力がかかります。
実はこうしたQE3の影響は、長期金利だけでなく日本の株価にも変動をもたらす一因となっています。次回はその話題も含めて、日本の株式市場で乱高下が相次ぐ理由を考えます。