「トランプ関税」によって不透明感が増す為替の動向
ひと頃に比べて円安要因が薄れつつあるなか、円・ドル為替相場は今後、緩やかに円高へ向かう可能性が高いと考えられます。ただし、為替に大きな影響を及ぼす日米の金融政策は、トランプ米大統領が打ち出した相互関税によって難しいかじ取りを迫られています。当面は為替相場の趨勢を把握しにくい展開が続きそうです。

Q.円・ドル為替相場はいま円高に向かっているのでしょうか?
円・ドル為替相場は数年ごとに、その性質が変わると言われています。例えば2001~07年は1ドル=101円台から135円台までの広いレンジを行き来し、方向性の定まらない状況が続きました。これはITバブル後の「混迷期」に当たります。08~12年はリーマン・ショックと世界金融危機を背景とした「超円高期」で、11年10月には1ドル=75円32銭の過去最高値を記録しました。
13~16年はアベノミクスによる「円安期」で、15年6月に125円台を付けるなど、急速に円安が進みました。17~21年は101円台から118円台までの狭いレンジでボックス相場が続き、「長期停滞期」と言うことができます。22~24年は新型コロナウイルス禍後の「歴史的な円安期」で、24年7月には直近の安値である161円95銭まで円安が進みました。
そして今年(2025年)。4月4日に一時1ドル=144円台を付けて、約半年ぶりの円高水準となりました。この円高は、同2日にトランプ氏が全世界を対象とする相互関税の詳細を発表したことが直接的な要因です。
輸入関税の強化によって米国内では物価が上がりやすくなり、個人消費にブレーキがかかって景気後退を招く恐れがあります。米ゴールドマン・サックスは米国の景気後退が今後12カ月以内に起こる確率を、今年3月に従来の20%から35%に引き上げたばかりですが、4月にはさらに45%へと引き上げました。景気を下支えするためにFRB(米連邦準備理事会)が利下げを急げば、米国内の金利が低下してドルの相対的な投資魅力が薄れるため、ドル売り(円高)が進みやすくなります。
以前にも紹介したように、円・ドル為替相場は基本的に「ドルに対する円の需要の強さ」で決まります。ドルに対する円の需要の強さは、「円とドルの金利差」「日本の国際収支」という2つの要因に大きく左右されます(24年5月15日付けの本稿参照)。
このうち円とドルの金利差は、そもそも縮小傾向にありました。FRBが24年9月から利下げを進める一方で、日銀は同年3月にマイナス金利政策を解除し、その後も2度の追加利上げを実施。政策金利は米国が4.25~4.5%、日本が0.5%となり、両者の差は過去1年間で1.5%ほど縮小しています。金利差で見るかぎり、円安要因はすでに薄れつつあるわけです。
しかしながら、金利差の今後については不透明さが増しています。市場では米国経済を巡って、物価上昇と景気停滞が同時に進むスタグフレーションを懸念する声が高まってきました。そんななか、FRBはインフレを助長しかねない早期の利下げに、そう簡単には踏み切れないと考えられます。
トランプ関税では日本にも合計24%の税率が適用されることとなり、輸出が落ち込んで国内経済の減速につながる可能性が出てきました。日経平均株価は今年4月3日以降の3営業日で4589円も下落(マイナス12.8%)した後、その翌日には1876円の上昇(プラス6%)に転じるなど、乱高下を記録しています。
米国の株式市場や債券市場も大きく動揺しており、その沈静化を狙ってトランプ氏は4月9日、報復措置をとらずに協議を要請してきている国に対しては相互関税を90日間停止すると発表しました。停止期間中、日本に課される関税率は10%にとどまりますが、これから日銀が利上げを進めるにあたっては、経済情勢を見極めながら慎重な対応を迫られることとなります。日米両国の金融政策は、いずれも先行きが見通しにくくなってきたと言えます。
貿易・サービス収支の赤字額は減少へ
日本の国際収支はどうなっているでしょうか。海外とのモノやサービスの取引状況を表す貿易・サービス収支は、世界的なインフレが強まった2022年以降、輸入物価の高騰などで大幅な赤字に陥りました。ただし、赤字額は徐々に減少しつつあり、24年は年間ベースで赤字が続くものの、黒字に転じる月も何度かあったことが確認できます。
その背景のひとつとして挙げられるのは、インバウンド(訪日外国人)の急拡大です。観光庁によると、24年のインバウンド消費額は過去最高の8兆1000億円強に上りました。訪日客が日本国内でモノやサービスを消費する際には、ドルなどの外貨を円に交換する(ドル売り・円買い)取引が発生して、円高要因となります。
一方で、海外テック企業が提供するクラウドサービスなどへの支払いによる「デジタル赤字」は過去10年間で3倍に膨らみ、年間6兆円超となっています。また、新NISA(少額投資非課税制度)を通じて日本の個人の海外投資が増えていることも見逃せません。財務省によると、国内の投資信託委託会社や資産運用会社による対外証券投資は24年に11兆5066億円となり、23年から約2.5倍に拡大しました。
デジタル赤字も対外証券投資の増加も、外国為替市場でドルなどの外貨を調達する(円売り・ドル買い)必要が生じるため、円安要因となります。特に個人の海外投資は、その多くが全世界株や米国株のインデックスに連動する投資信託を積み立てる形で行われており、投資が継続される限り、恒常的に円売り・ドル買いが発生することになります。
こうして見ると、現状では円高要因と円安要因が混在して、いわゆる綱引きの状態にあることが分かります。市場ではひと頃に比べて円安要因が弱まってきたことに基づき、今後はきわめて緩やかなペースで円高が進むと予想する声が多いようですが、当面の注目はやはりトランプ関税の影響でしょう。
当のトランプ氏は今年4月4日にSNSへの投稿で、「金利を引き下げるには今が絶好のタイミングだ」とパウエルFRB議長に圧力をかけました。どこまで本気で言っているのか読めませんが、トランプ政策は二転三転することも少なくないのが実情です。いずれにしても為替相場の次なるトレンドが見えてくるまでには、しばらく時間がかかりそうです。(チームENGINE 代表・小島淳)