人生の答え探しを「形式知」に頼り過ぎてはいないか?
就職活動の早期化により大学生が安易に企業を選んだり、新入社員が退職代行サービスを利用してあっさりと離職するケースが目立っています。背景として、人生の答え探しを「形式知」に頼り過ぎる心性が影響しているのかもしれません。若者に限らず、私たちはいま「暗黙知」の強化に意識を向ける必要がありそうです。

Q.新卒学生の就職・離職について最新の動向を教えてください。
大学などの卒業や修了を予定している、いわゆる新卒学生の就職・採用活動について、政府は以下のような日程ルールを定めています。
- ●企業による広報活動の開始:卒業・修了年度に入る直前の3月1日以降
- ●採用選考活動の開始:卒業・修了年度の6月1日以降
- ●正式な内定日:卒業・修了年度の10月1日以降
しかしながら、このルールには法的な拘束力がないことから、ほとんど形骸化しているのが実態です。就職情報サイト運営の学情によると、2026年卒の大学生における就職内定率は今年(25年)1月末時点で48.2%となっていました。前年同期比で19ポイント高い過去最高の水準で、大学3年生の約半数が就活の解禁日以前に内定を得ている計算になります。
就活の早期化は学生にとって必ずしも好ましいこととは限りません。短い選考期間で自分がきちんと選ばれているのか不安を感じたり、良い会社とは何なのか分からなくなる人が増えているもようです。周囲が早く就活を始めることに焦り、自己分析などが不十分なまま会社や仕事を選ぼうとするケースが多いわけです。
結果として企業とのミスマッチも目立ちます。リクルート就職みらい研究所の「就職白書2025」によれば、就職先を安易に決めてしまったと後悔した学生は43.6%に上ります。厚生労働省のデータでは、21年3月に大学を卒業して入社した若手社員の3年以内の離職率は34.9%と、前年度比で2.6ポイント上昇しました。
離職に関してもうひとつ、興味深い傾向が見られます。ここにきて退職代行サービスを利用する人が増えているのです。例えばアルバトロスが運営する「退職代行モームリ」は、24年の利用者が1万6000人超と前年比3.7倍に増加しました。利用者の約6割を20代の若者が占めており、大半が入社1年未満の新入社員です。
退職の原因としては労使間のすれ違いが多く、残業時間などが会社説明会で聞いた条件と違ったり、配属先が希望部署ではないといった不満が退職を早めているようです。こうした意識のすれ違いは昔からよくある話ですが、自らの思いを上司や会社に直接伝えようとせず、他人の力を借りて退職の手続きを進める若手社員の気質には疑問を感じます。
ある専門家は退職代行の利用について「傷つきたくない、不要なストレスを避けたい」気持ちの表れと指摘しています。退職代行を利用するのは「いい子症候群」の若者が多いという分析もあります。いい子症候群は真面目でコミュニケーション能力が高く、与えられた仕事はそつなくこなすものの、実はそれらしく振る舞うテンプレ(定型)を演じているだけで、本来的な自己実現への欲求は薄いというわけです。
人は答えが分かったような感覚に流されやすい
大学生の就活に臨む姿勢や、若手社員の離職行動を、少子化により家庭でも学校でも甘やかされて育った弊害と見る向きも多いかもしれません。しかし、ここでは少し違った視点からそれらの背景を考えてみたいと思います。
例えば就活時に自分がきちんと選ばれているのか不安になるというのは、どういうことでしょうか。本格的に働き始める前の段階で、企業が働き手として学生の適性を評価するなど、しょせんは無理な話です。良い会社が何なのか分からないというのも同様で、本格的に働いたことがない学生が会社の良しあしを判断することは難しいでしょう。
現代の若者は何かにつけて結論を急ぎ、手っ取り早く最良の答えを得ようとする傾向が強いと言われます。そこでは現時点で目に見えるもの、あるいは理解しやすいものとして、数値やデータ、言葉など客観的に表示される「形式知」を重視し過ぎているように思われます。
どんなに数学が得意な人でも、答えを急ぐ心理が働くと間違えやすい、すなわち脳がだまされやすいことは、心理学や認知科学における飛躍思考の設問が証明しています。加えて脳には怠けやすい性質もあり、もやもやした感情を抱くとその原因を推測し、理由付けをしたがります。だから自分なりに納得できる答えに巡り合うと、それが本当かどうかは深く考えずに信じてしまうのです。
形式知に対して、個々人が経験のなかで獲得する知識や技能、ノウハウなどは「暗黙知」と呼ばれます。『失敗の本質』の共著者で今年1月に亡くなった一橋大学の野中郁次郎名誉教授は、暗黙知を企業などの組織が共有し、生かしていくことの重要性を説きました。
いま若者にも暗黙知を磨くことが強く求められているのではないでしょうか。もっと端的に言うならば、待遇や労働条件などにとらわれ過ぎず、社会人として学び続けること、そのための努力を惜しまないことが大切です。
もちろん、これは若者に限った話ではありません。SNSで拡散された意見が偏った世論を形成したり、国際情勢や環境問題などが二元論に陥りやすいなど、「答えが分かったような感覚」に流されやすいのは人の常です。
ちなみに自然科学や社会科学、医学などの分野では、人間を対象とした場合、あくまでも平均的な人を扱うことになります。そのため一人ひとりに対する明確な答えがなく、何だかはぐらかされている気がすることも多いようです。科学の形式知でさえ、万人にとっての正解にはならないことを覚えておくべきでしょう。(チームENGINE 代表・小島淳)