1. いま聞きたいQ&A
Q

信用取引で、買い残が多い場合、売り残が多い場合、それぞれの場合の株価の動きはどうなるのですか?

最近はネット証券会社を通じて、信用取引を使って株式投資を行う個人投資家が増えました。書店のマネー運用コーナーにも信用取引の手引書が数多く並んでいます。信用取引の制度の説明は別の欄に譲るとして、今回は信用取引を通じた株価の動きに触れてみようと思います。

まず一般論として信用取引と現物取引の違いを挙げてみると、基本的に次の6点になります。

  • (1) 信用取引で株を買う時は、買い付けに必要な資金を借りて買う
  • (2) 保有していない株を売ることもできる(いわゆる「カラ売り」)
  • (3) カラ売りを行う時は、その株券を借りてきて売る
  • (4) 資金や株券を借りて行う取引なので、期限が6カ月間と決められている
  • (5) 資金を借りている人は、借りた期間に応じた金利を支払う必要がある
  • (6) 資金や株券を借りるための担保(現金や株券)が必要になる

最近では(4)の「6カ月」という貸し付けの期限を取り払って、無期限で資金を貸し出す証券会社も増えています。ここでは基本的な内容を見てゆくために、ひとまず「期限は6カ月」という前提で話を進めてゆきます。また上記の6点のほかに、信用取引だけのルールとして、最低必要な担保の割合が証券会社ごとに決められています。

もうひとつ、話を進めるための前提を述べておきます。

信用取引は、本来持っている資金の範囲を越えて、おカネを借りてきて株を買う取引です。狙いどおりにその株式が値上がりすれば、それだけ利益の額も大きくなりますが、反対に見込みがはずれて値下がりしてしまえば、その分だけ損失も大きくなります。また、ルールで決められている担保の割合を下回るほど株価が値下がりしてしまったら、証券会社に追加の担保を預けなければなりません。

上がると予想した株が値下がりしてしまうと、信用取引では現物取引以上にダメージが大きくなります。しかも金利までかかります。そのために信用取引では短期的な値動きに乗ることが中心となり、長期的な展望のもとに信用取引で株を買う投資家はあまり多くはありません。

以上のことを前提とした上で概略を述べてみます。

信用取引で株を買う人は(これを「買い建て」と言います)、将来その株式が値上がりすると思って株を買います。値上がりした時点で買い建てしている銘柄(これを「買い玉(かいぎょく)と言います)を決済すれば、その差額が手元に入ってきます。A株を500円で1000株、信用取引で買い建てして、その後600円で決済すれば、差し引き100円の利益になり利益額は10万円です(手数料や金利は除きます)。そして買い建てをしたままの状態で、まだ決済されていない買い玉が「信用買い残高」として残ります。

反対に信用取引で株を売る人は(これを「売り建て」と言います)、将来その株式が値下がりすると思ってカラ売りします。予想通りに値下がりした時点で、売り建てしている銘柄(これを「売り玉(うりぎょく)と言います)を決済すれば、その差額が手元に入ってきます。B株を600円で1000株カラ売りして、その後500円で買い戻せば、これも差し引きで100円の利益になります。利益額は10万円です。そして売り建てをしたままの状態で、まだ決済されていない売り玉が「信用売り残高」として残ります。

ある銘柄(C銘柄)が動意づき、大きく値上がりし始めると、信用取引で売買できる銘柄の場合、通常は買い残と売り残が次第に増えてゆきます。「まだ上がる」と考える投資家は信用取引を使って買い玉を持ち、その結果、買い残が積み上がってゆきます。反対に、「この銘柄がこんなに上がるはずがない。そろそろ値下がりするだろう」と考える投資家は、信用取引を使ってカラ売りを行い(売り玉を持ち)、その結果、売り残も積み上がってゆきます。


<図1>は、2001年1月から2002年6月までの京成電鉄(9009)の週足チャートです。見やすいように少し出来高を誇張して描いています。出来高の上にある2本の折れ線グラフが信用取引の残高の推移で、赤い線が買い残高、青い線が売り残高を示しています。2001年5月に小泉政権が誕生し、その年の8月に参議院選挙が行われました。最初の国政選挙に臨んだ小泉政権は、重点政策の目玉として「都市再生」を掲げました。都市再生構想への期待から小泉首相への国民的な人気も加わって、それに関連する不動産、建設、電鉄株がいずれも大きく値上がりしました。

京成電鉄の株価は、2001年5月から7月中旬までは360~380円の狭い範囲で動いていましたが、参院選挙が本格的にスタートした7月末ごろから動意づき、月末には450円台にまで上昇しました。8月第1週には467円、8月第2週に498円、8月第3週には557円へと駆け上がり、8月第4週には高値572円を記録しました。出来高もそれ以前と比べて劇的な増加を示しています。

この株価上昇に伴って信用残高も急速に積み上がりました。7月第2週に373円だった株価は2週間後の7月第4週に453円に上昇したため、信用売り残は7月第2週の343万株から2週間で647万株へ、買い残は327万株から577万株へ増えました。目立っているのは売り残の増加です。

買い玉を持っている投資家は、将来のどこかの時点で決済しなければなりません。買い玉の決済方法は売りを行うことですので、信用取引の買い残高は「将来の売り要因」になります。反対に、売り玉を持っている投資家は、やはり将来のどこかの時点で決済しなければなりませんが、売り玉の決済方法は買い戻しを行うことですので、信用取引の売り残高は「将来の買い要因」と言えます。

京成電鉄の場合、株価が453円をつけていた7月第4週の時点で、577万株の買い残(つまり将来の売り要因)に対して、647万株の売り残(将来の買い要因)が蓄積しました。そして翌週、8月第1週に株価は467円へとさらに上昇しました。この時点で信用の売り残は979万株に、買い残は872万株にさらに積み増しされました。1カ月前の7月第2週と比べて売り残は4倍近くに膨れ上がっています。この間に株価は+21%値上がりしているため、カラ売りを行った投資家は最大で20%の評価損を抱えていることになります。

こうなると979万株の売り玉の中には、評価損の拡大に耐え切れなくなるものがでてきます。近い将来、評価損に耐えられない売り玉は決済されてくるとの予想が立ってきます。そうなると売り玉は買い戻しで決済されますから、その買いエネルギーだけでさらに株価が上昇するとの予想が増えるようになります。買いが買いを呼んで株価の上昇に弾みがつきます。翌週の8月第2週には、京成の株価は500円の大台を突破しました。そして8月第3週には週足で大きな陽線を伴って557円まで急騰しました。

こうなると京成の株価を巡るマーケットの動きはさらに過熱します。買い残は8月第2週に939万株、8月第3週には1048万株に増え、ついに1000万株の大台を越えるに至りました。しかし同時に、売り残の増加にも拍車がかかっています。8月第2週に1338万株と1000万株の大台を越え、8月第3週には1585万株まで積み上がりました。この時点で売り残は買い残の1.5倍になっています。この潜在的な買いエネルギーを原動力に、いよいよ8月第4週を迎えます。

株価は永遠に上昇するものではありません。潮目の変化はどこで訪れるのか、渦中に巻き込まれている時はなかなかわからないものです。2001年の京成相場では、8月第4週が分水嶺になりました。週足で高値572円を記録した後、終値は507円で引け、ローソク足では前の週の大陽線から大きな陰線に変わりました。結果的にはこの週が高値を形成した週になりましたが、この週の売り残は1716万株のピークをつけ、買い残も1254万株に達しました。

まさに形勢逆転です。9月第1週に株価は474円、9月第2週に437円に急落しました。572円の高値から見れば-23%もの下落です。これまで苦しみぬいた売り玉は、評価損を耐え切った後に一転して評価益が生じるようになり、反対に勝ち続けてきた買い玉が逆に評価損を抱えるようになりました。株価は9月第4週の398円まで下げ続け、400円の大台を割り込みました。この時点の売り残は1025万株、買い残は877万株です。

将来の買い要因であった売り残は、ピークの1716万株から1025万株まで1カ月間で急減しました。同じく将来の売り要因である買い残も1254万株から877万株まで減少していますが、今や評価損を抱えているのは買い玉の方です。今度は少しでも株価が上昇すると、これらの買い玉が決済売りを出してくるため、上値が重いと見て新たな買いが入らなくなってきます。翌年の2月第1週に週足安値301円をつけるまで、京成はダラダラとした下げが続きました。

この2002年2月は、直前の株価のピークである2001年8月から6カ月目に当たります。信用取引の期限は6カ月が基本ですから、2001年8月末の高値(572円)付近で買った投資家も、この頃までにはひとまずは何らかの決済を迎えています。まだ信用売り残は691万株、買い残は802万株を抱えていますが、6カ月を経過した辺りで再び潮目が変わったと見る投資家が京成の売買に戻ってきます。次なる上昇が始まるとすれば、時間的にその辺りがひとつの基点になることがあります。

このケースはあくまで一般的な例として取り上げました。原則として株価は「評価損を抱えて苦しい方に動く」ものです。それでも株価は、常に売りと買いのバランスで形成されます。状況はいつも変化しているため、いつも同じようなパターンをたどるとは限りません。あくまでひとつの例として参考にしてください。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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