トランプ氏の大統領返り咲きは、体制大転換の始まりか?
米国の第47代大統領に、共和党のドナルド・トランプ前大統領が返り咲くことが決まりました。インフレによる生活苦など、現状に不満を抱く米国民が「変化」を求めた結果ですが、民主主義や資本主義に懐疑的な人々が増えている事実も見逃せません。既存の政治・経済体制はいま大きな転換点を迎えている可能性があります。
Q.なぜ米国民はトランプ氏を再び大統領に選んだのですか?
米国の大統領選中に「もしトラ」という言葉が広まったことからも分かるように、世界は第2期トランプ政権がもたらす経済的・社会的影響に大きな関心を寄せています。例えばトランプ氏が公約として掲げた輸入品に対する関税引き上げや、いわゆる「トランプ減税」の恒久化は、いずれもインフレ加速や財政悪化につながります。移民の制限強化も、労働供給の制約増加による賃金上昇圧力として働きます。
これらは米国の金利上昇と、それに伴うドル高を連想させますが、一方でトランプ氏は通貨安によって製造業の競争力が高まると考えており、第1期政権時と同じくFRB(米連邦準備理事会)に口先介入で利下げを迫る可能性もあります。どのような政策が実行に移されるのか読みづらく、米国景気の行方はもちろん、株価や為替の動向についても先行き不透明な状況がしばらくは続きそうです。
トランプ氏は気候変動対策に後ろ向きで、石油や天然ガスなど化石燃料の開発推進を打ち出しているほか、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」から再離脱する方針も示しています。また、ウクライナへの軍事支援を停止して、浮いた資金を困窮する米国民への支援に振り向けると主張するなど、安全保障面でも自国の利益を最優先する構えです。
その過激な言動に加えて、トランプ氏は第1期の大統領在職中に2回の弾劾訴追を受け、退任後も複数の罪状で刑事訴追や有罪評決を受けています。前回も、そして今回も、世界にとって何かとお騒がせな存在になりそうですが、そもそも米国民はなぜこの人物を再び大統領に選んだのでしょうか。
大統領選で民主党のハリス氏が多様性や民主主義といった「理念」を前面に掲げたのに対し、トランプ氏はインフレや移民問題など人々の「現状不満解消」に焦点を当てました。結果として米国民は理想論を唱えるリベラル派のエリートよりも、目の前の現実を変えてくれそうなトランプ氏を支持したことになります。たとえその人格に少なからず問題がありそうでも、です。
AP通信の投票調査によると、2020年の前回選挙で民主党に投票し、今回は共和党に投票先を切り替えた人の割合は、所得が低い層ほど大きくなっています。白人やアジア系に比べて所得水準が低い黒人やヒスパニックでは、貯蓄の少ない若年層ほどトランプ氏を支持する傾向が見られました。長引くインフレによる生活苦への不満が、そのまま選挙結果に表れた格好です。移民の増加は低所得層にとって雇用の奪い合いにつながるとの懸念も根強くあり、特に不法入国者への財政支援などに不公平感を抱く米国民が多かったもようです。
民主主義にも資本主義にも否定的な人が増えている
米国の実質国内総生産(GDP)は過去30年あまりで2倍に成長しましたが、その陰で一般市民と超富裕層の間に大きな経済格差が生まれています。2023年のデータによれば、米国の平均的な従業員の年収と最高経営責任者(CEO)の報酬には実に196倍もの開きがありました。1973年と2023年の年収を比べると、大卒以上は増加した一方で高卒は減少するなど、学歴による所得格差も目立ちます。
米ノースカロライナ大学のキース・ペイン教授は、経済の不平等が人々の心理や社会に及ぼす影響の大きさを以下のように指摘しています。
――人は皆、自らを価値ある人間と思いたい。だから劣位にある人々は怒りを宿し、社会や制度を責め、それを覆す過激な策を求める。「現状否定」の心理と「劇薬」への期待だ。さらに制度の背後にいると見立てた勢力を敵視し、社会の分断が深まる――
米国の調査会社ピュー・リサーチ・センターによると、民主主義の現状に否定的な米国民は66%に達しています。民主主義の象徴とされるグローバル化などに多くの人々が不満を募らせ、感情を噴出させているのが実情です。しかしながら、感情に任せた選択が後々、しっぺ返しを受ける危うさも否定できません。
例えばトランプ氏が掲げる高関税を適用すると、全輸入品に対する平均関税率は2%強から18%弱に上昇します。これは米国の標準的な世帯に、年間2000~3000ドル(約31万~46万円)の実質的な負担増を強いることになります。米国の経済成長や少子高齢化を考慮した場合、製造業の雇用者は2033年までの累計で190万人不足するという推計もあります。大規模な移民の制限は、米国経済の活力を奪いかねないわけです。
米国では資本主義への不満も増大しています。過半数の世帯が保有する株式について、その価値を所得の上位10%と下位20%で比べると、格差は1989年の3倍から2022年には75倍まで広がりました。米メディアのビジネスインサイダーが2023年に行った調査では、「どの経済体制を好むか」という質問に対してZ世代(18~26歳)などの若者ほど、社会主義を好むと回答した人の割合が多くなっています。
民主主義の伝道師を自任し、資本主義の盟主といわれた米国で、いま既存の政治体制と経済体制の両方が懐疑の目にさらされています。しかもそれは米国に限らず、民主主義と資本主義を標榜する他の国でも同様に見られる傾向です。
従来の価値観では事態は変わらないと人々が悟った時、何が起きるのでしょうか。本当に社会主義的な体制へと移行が進むのか、あるいはトランプ氏よりもっと過激な指導者が求められるようになるのか。今回の米国大統領選の結果は、そうした体制大転換の始まりを示唆しているような気もします。(チームENGINE 代表・小島淳)