新NISAを機に、運用会社はどこまで変われるのか?
新NISAのスタートを目前に控えて、国が運用会社のガバナンス(企業統治)改善に乗り出しました。親会社や販売会社の主導で商品を提供してきた慣行を改めながら、「個人の長期的な資産運用に資する」という本来の役割をどこまで担うことができるのか。運用会社には業務運営のドラスチックな変革が求められます。
Q.日本の運用会社が抱えている問題点を教えてください。
日本政府は今年(2023年)の骨太の方針に「2000兆円の家計金融資産を開放し、持続的成長に貢献する『資産運用立国』を実現する」と明記しています。24年から始まる新NISA(少額投資非課税制度)を通じて個人が投資しやすい環境をつくり、家計金融資産の半分以上が現預金に偏在している現状を打破するのが狙いです。
それを受けて金融庁では、銀行や証券会社など大手金融機関に対して、傘下の運用会社のガバナンス改善を求めています。金融庁は過去に発表した分析リポートで、運用会社の実態をたびたび批判してきました。親会社が売りやすいように話題性のある商品の設定を優先している、グループ内の順送りで運用経験の浅い人物がトップを務めている――といった内容です。
厳しい指摘の背景には、運用会社が親会社の顔色をうかがっていては顧客本位の業務運営は実現しないし、真に強い運用会社も生まれないという問題意識があります。確かに新NISAの導入は、運用会社を親会社の呪縛から解き放つチャンスになるかもしれません。一方で、新NISAをきっかけに改めて浮き彫りになってきた課題もあります。
例えば今年6月には、セゾン投信の創業者である中野晴啓会長が、親会社のクレディセゾンから事実上の更迭を受けたことが明るみに出ました。セゾン投信は自社で投資信託を販売する「直販モデル」を掲げた、日本では数少ない運用会社のひとつです。直販によって販売手数料をゼロとし、信託報酬も相対的に低く抑えた点が人気を呼び、コツコツと積み立て投資を行う個人を中心に購入者が増加。運用する3本の投資信託の純資産残高合計は、今年9月末時点で6700億円を超えています。
クレディセゾンには、直販中心の販売方針を見直して、クレジットカードの顧客基盤や金融機関との提携を生かしながら販路を拡大したい意向があるようです。これは一見すると、顧客本位の業務運営には反するようにも思えます。販路を拡大することで、短期売買を志向する個人など従来とは異なるタイプの投資家が増え、顧客全体の長期的な資産運用に悪影響を及ぼす可能性があるからです。
しかしながら、理想論ばかりにこだわってはいられない事情もあります。現行NISAと同様に、新NISAでは個人が一つの金融機関に一つの専用口座しか開設できません。NISA専用口座をセゾン投信に開設することもできますが、その場合は商品の選択肢の少なさがネックとなります。
セゾン投信が現在運用している3商品は、バランス型およびアクティブ型の株式投資信託2本(世界株、日本株)です。若年層を中心にインデックス型の株式投資信託を選ぶ個人が多いことを踏まえると、新NISAの口座獲得では品ぞろえが豊富な大手金融機関が有利になると考えられます。逆にセゾン投信が販路を拡大すれば、他の金融機関(販売会社)にNISA口座を開設した個人からも自社の商品が選ばれる可能性が高まり、純資産総額のさらなる増加が期待できるわけです。
高齢者の運用ニーズを無視できない現実
投資信託協会によると、公募投資信託の販売形態別にみた純資産残高は22年末時点で、銀行と証券会社による販売分が全体の99%を超えています。米投資信託協会(ICI)の22年の調査によれば、米国の投信購入経路の18%は直販であり、独立系のFP(ファイナンシャルプランナー)による販売も全体の24%に上っています。
日本では圧倒的に販売会社の存在感が強いわけで、運用会社の業務運営が親会社ならずとも、販売会社の意向に左右されやすいことは否めません。セゾン投信の例からも分かるように、新NISAの導入は運用会社にとって販路拡大の動機になります。収益性を確保しながら、いかに独立性や独自性も保っていくかが、運用会社には厳しく問われることになりそうです。
新NISAでは投資効率を勘案して、毎月分配型の投資信託が成長投資枠の対象商品から除外されます。一方で、分配頻度が2カ月に1回の「隔月分配型」は除外されておらず、複数の運用会社が新NISA向けに投入する準備を進めています。なかには奇数月と偶数月に分配金を支払う2本の隔月分配型を用意し、個人が両方を購入することで、実質的に毎月分配型としての運用を可能にするような動きもあるようです。
運用会社が毎月分配型にこだわるのは、その資産残高がETF(上場投資信託)を除く公募投資信託全体の2割を占め、大きな収益源になっているからです。これも元を正せば、運用会社が販売会社主導で商品を提供してきた名残といえるわけですが、現実問題として高齢者を中心に毎月分配型へのニーズは相変わらず大きいのが実情です。日本の家計金融資産のうち、60歳以上が占める割合が6割超に上るなか、運用会社として高齢者のニーズを無視するわけには行かないでしょう。
一方ではコスト重視の資産形成層に向けて信託報酬の引き下げ競争を行い、一方では高齢者に向けて定期収入という形にこだわった商品提供を模索するという、運用会社のいびつな業務運営のあり方がここ数年の潮流でした。そこには親会社や販売会社の意向に加えて、日本の家計金融資産が長らく特定の世代に偏在してきた問題も影響していると思われます。
そんななか、「個人の長期的な資産運用に資する」という本来の役割を担いながら、真に強い運用会社に生まれ変わっていくためには、合従連衡も含めて相当にドラスチックな変革が必要ではないでしょうか。覚悟とスピードが求められます。