いま聞きたいQ&A

異次元の金融緩和は結局、誰のための施策だったのか?

アベノミクスになかば組み込まれる形で進められた日銀による異次元の金融緩和。それが依拠(いきょ)する経済理論をはじめとして、当初から庶民感覚との“ずれ”が目立ちました。専門家の間では「不毛な知的遊戯」といった指摘もあります。効果とともに、誰のための施策だったのかという点についても検証が求められます。

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Q.日銀の金融緩和政策はどのように評価されていますか?

日銀の黒田東彦総裁の任期切れが今年(2023年)4月に迫るなか、過去10年近くに及んだ異次元の金融緩和に対する総括をあちこちで見かけるようになってきました。全体としては批判的な意見が多いようですが、一部の専門家からは評価する声も上がっています。

13年4月に異次元の金融緩和を始めるにあたって、黒田総裁は「2%のインフレ率(物価上昇率)を2年程度で達成する」という目標を掲げました。デフレ不況を脱するには、当時マイナス圏にあったインフレ率を早期に上昇させることが不可欠と考え、その手段として長期国債などを大量に購入し、市場への資金供給をそれこそ異次元のレベルで続けたのです。

しかし、2%の物価目標は2年で達成できませんでした。最終的に物価上昇率が2%を超えたのは22年のことであり(消費増税の影響を除く)、それも資源高や円安による輸入物価の上昇によるところが大きいのが実情です。日本経済の実力を示す潜在成長率は0%台前半で低迷しており、いまだに十分な経済成長は実現していません。

「だから金融緩和は効果がなかった」というのが大筋の意見ですが、一方で「すべてを金融政策で解決できないのは当然」といった反論もあります。アベノミクスを構成する3本の矢のうち、財政政策と成長戦略の2本はほとんど機能しませんでした。金融政策という1本の矢に頼り切りだったわけですが、そんななかでも日銀はある程度の結果を残しており、むしろ評価されて然るべきという指摘です。

実際に異次元の金融緩和が始まって以降、日本国内では失業率が下がって雇用者数も増加しました。12年には1万円を割り込んでいた日経平均株価が、21年に一時3万円台を回復するほどの上昇基調に転じたのも、円安誘導をテコに株高を演出した日銀の功績が大きかったと言えるでしょう

ただし、こうした評価に対してもさらなる批判が見られます。日本国民の平均的な賃金水準は停滞したままだし、雇用者数が増えたとはいっても非正規雇用が中心なので、「雇用の質」が改善されたわけではない。株高で一部の富裕層は恩恵を被ったが、多くの国民は蚊帳の外に置かれ、かえって所得格差の拡大を招いた――といった具合です。

リフレ派の主張は庶民感覚と大きくずれている

ここでひとつ確認しておきたいのは、日銀が何をより所として異次元の金融緩和に乗り出したかということです。

黒田総裁が就任する以前の段階で、安倍政権のブレーンを務めていた「リフレ派」と呼ばれる経済学者たちは、日本国内で物価や賃金が伸びない責任は日銀にあると強硬に主張していました。中央銀行が世の中に出回るお金の量を増やし、国民のインフレに対する期待を高めることで、デフレは脱却できるというのがリフレ派の考え方です

彼らが依拠していたのは、物価の水準は貨幣の流通量(供給量)に比例すると考える「貨幣数量説」などの経済理論です。結局のところ、黒田日銀もこうした経済理論に基づくリフレ的な金融政策を採用してきたと言えます。

一部の専門家は、人々の期待に働きかけること自体に限界があると指摘します。例えば、多くの消費者は日銀が掲げる物価目標を見聞きしたことがないという調査結果が報告されています。現実問題として、人々の知らない概念が、人々の期待を動かすことなどあり得ません。それでも日銀が理論に固執した結果、本来は政策運営の指針となるはずの経済学が「不毛な知的遊戯」に変質してしまったというわけです。

知的遊戯かどうかはさておき、そもそもリフレ派の主張には、庶民感覚との間に大きな“ずれ”を感じます。「お金を手にすれば人々はすぐに何かを買うはず」とか、「インフレになる前に人々は消費を増やすはず」といった考え方は、あまりに机上の空論にすぎるのではないでしょうか。

アベノミクスの初期には、以下のような説明もよく耳にしました。

――日銀による異次元の金融緩和を通じて円安・株高が進めば、大手製造業とその従業員や都市部の富裕層が潤う。そこからトリクルダウン(富のこぼれ落ち)によって、非製造業や中小企業、地方、一般家庭にも恩恵が波及していき、経済の好循環が始まる――

こうして振り返ると、日銀や政府の金融緩和にまつわる発言には、実体経済や現実の国民生活を軽視したような内容が目立ちます。そのせいなのか、日銀の金融政策があたかも政府の方を向いて実施されてきたかのような印象を、少なからず抱いてしまうことも確かです。

過去10年近く日銀が国債の大量購入を続けた結果、発行済み国債全体に占める日銀の保有比率は5割超に高まりました。日銀の購入を当てにできるならば、政府にとって新たな国債発行(借金)は容易になります。すなわち、財政規律の緩みにつながるわけです。

異次元の金融緩和について、その効果を検証したいという市場関係者の気持ちは分かりますが、一般個人の目線ではむしろ、誰のための施策だったのかという点の方がはるかに重要です。日銀の次期総裁には、そうした庶民感情も踏まえたうえで、市場だけでなく国民とのコミュニケーションにも身を砕いてほしいものです。

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