• いま聞きたいQ&A
  • さまざまなデータを用いて経済・社会の未来動向を予測することは可能ですか。
いま聞きたいQ&A

さまざまなデータを用いて経済・社会の未来動向を予測することは可能ですか。

「エビデンス=数字」がもたらす効果と説得力

コロナ禍における経済・社会関連のデータを拾い集め、政策に反映させようという取り組みが政官民の各層で広がりつつあります。特に最近、経済学者や官僚がよく口にするのが、「政策決定にもエビデンスを」という言葉です。印象や思い込みに左右されず、エビデンス(科学的証拠)すなわち数字の裏付けをもとに、より効果的な政策を練り上げようというわけです

今年(2021年)の冬、国が東京都などを対象に緊急事態宣言の解除時期を検討した際には、感染症対策と経済活動の両立という観点から経済学者が公表した、シミュレーションモデルに基づく「未来予測」が参考にされたもようです。ある推計を例にとると、東京都では1日の感染者数が500人の段階よりも250人の段階まで待ってから解除した方が、第4波の到来を大幅に遅らせることができ、今後1年間の経済損失も約1600億円減らせるといった具合。

公表された複数の未来予測は、用いたデータや数理・疫学モデルに違いはあるものの、いずれも感染者数を十分に減らしてから緊急事態宣言を解除する方が経済へのダメージは小さくなる、という分析結果でした。この結果については当初の印象通りという気もしますが、やはり具体的な数字があるのとないのとでは、国民に対する説得力が違ってきます。

コロナ関連のデータには意外なものも含まれています。東京商工リサーチによると、今年2月の国内の企業倒産件数は446件で、前年同月に比べて3割強のマイナスとなりました。これは2月としては過去50年間で最も少ない数字です。サービス産業を中心に企業の苦境が続くなか、新型コロナウイルスの感染拡大に対応した国の緊急融資などにより、かえって企業倒産が低めに抑えられたと考えられます。

厚生労働省の人口動態統計では、昨年1年間の死亡者数(外国人を含む速報べース)が一昨年より9300人あまり少なかったことが示されました。死因が判明している1月~10月の累計値を前年同期と比べると、呼吸器系と循環器系の疾患による死亡数の減少が目立ち、特に肺炎死は1万3900人も減っています。新型コロナ感染者が重篤化する際の典型的な症例は肺炎であることを考えると、ちょっと理解に苦しむデータということができます。

死亡数減少の背景としては消毒習慣とマスクの効用、多くの人が外出を控えた結果など、専門家や研究者の間でさまざまな説が取り沙汰されています。一方で厚生労働省は、要因について現段階では確たる根拠が見いだせないと、説明を留保する姿勢です。

こうした一見、矛盾しているように思えるデータも含めて、シミュレーションによる動向分析と未来予測が進めば、経済や社会により効果的な影響をもたらす政策を立案・実行することも可能なように思われます。ところが、実はそれが口で言うほど簡単ではないのです

相関関係を見ているにすぎないという限界

膨大なデータを数理モデルや経済理論などにあてはめて、経済・社会の未来動向を予測する試みは、あくまでも物事の「相関関係」を見ているにすぎません。物理や化学、医学のように物事の「因果関係」を追究するのではないところに、こうした未来予測の限界を指摘する声が多いことも事実です。

2つの事象が原因と結果によって結びつけられる因果関係に対して、相関関係は一方が変化すると、もう一方も同方向あるいは逆方向に変化するような関係を指します。2つの事象に因果関係があれば相関関係も成り立つことになりますが、反対に相関関係があるからといって必ずしも因果関係が成り立つわけではありません。

経済活動やコロナ対策など、人間の行動によって結果が少なからず左右される事象について、因果関係を割り出すのは困難と言われています。相関関係の分析に頼らざるを得ないのが実情なわけですが、相関関係に立脚した未来予測は、分析に用いるデータの種類や多寡、前提とする環境などの諸条件、さらには分析者の考え方などによって結果が変わってきます。「これが正解」という予測を求めることには、どだい無理があるわけです。

結局のところ、さまざまな予測をもとに総合的な判断を下すしか方法はないのかもしれません。しかしながら、政策の立案・決定者たる政治家が、そもそもそうした総合的な目配りや判断に不慣れだったり、たけていなかったりしたとしたら、どれだけ豊富にエビデンスを集めたところで期待できる効果は薄いのではないでしょうか。

エビデンスに基づいて最終判断を下す際に、一定程度の経験やセンスが問われるという点で、この話は私たちの投資・運用にも通じるところが多いような気がします。例えば金融市場で起こる事象について因果関係がはっきりしなくても、過去の事象を参考に相関関係を導き出し、近未来の市場予測に役立てる方法はあるはずです。そこではどのような考え方や判断姿勢が決め手になるのでしょうか。次回、探ってみたいと思います。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。