相関関係にもとづく市場予測について、具体的に教えてください。
コンピューターは出来事を概念化するのが苦手
株式や為替などの価格形成が常に合理的とは限らないのは、そこに人間の思惑や先入観、過度の楽観や悲観、周囲への同調といったバイアス(物事に対する偏った見方)が少なからずかかっているからと考えられます。こうしたバイアスの影響から、金融市場では事象間の因果関係を求めることが難しいため、価格動向などの将来予測においては相関関係を用いるのが一般的です。
過去のさまざまな事象から導き出された相関関係をもとに、コンピューター・シミュレーションを通じて将来的に起こり得る確率が高いケースを割り出していくわけです。しかしながら、この手法についてもコンピューターを使うがゆえの限界を指摘する声があります。
コンピューターは、ある一連の出来事を「〇〇ショック」や「〇〇バブル崩壊」という抽象化された概念として把握することが苦手です。そのため、過去の経済イベントと類似した事象が進行した場合に、それを「過去の経済イベントの再来である」と瞬時に認識することが難しいのです。
最終的に頼れるのはやはり人間の記憶であり、私たちはできる限り古い過去までさかのぼって、さまざまな経済イベントを記録・整理しておく必要があるのかもしれません。例えば過去の金融市場におけるバブルを振り返ると、その発生と崩壊はおおむね以下のような流れをたどることが分かっています。
- ●景気対策として中央銀行が行う金融緩和や国による財政出動が市場に「カネ余り」を招く
- ●余ったカネが投資先を物色し、規制緩和や金融技術の進展と相まって投資対象が拡大する
- ●相場が上昇し、それを見た個人などが市場に参入して「投資の大衆化」が起こる
- ●市場に過度の楽観が広がり、実勢から乖離(かいり)した水準まで相場が高騰する
- ●利上げなど何らかの引き金によってバブルが崩壊へ向かう
過去の代表的な事例も見ておきましょう。1980年代後半の日本のバブルは、85年のプラザ合意後に進んだ円高不況に対応するため、日銀が利下げを行ったのがきっかけです。市場に余ったカネが株式や不動産への過剰投資を招き、サラリーマンや主婦の間でも株式やワンルームマンションへの投資が一般化。最終的には金融当局の総量規制によって市場心理が反転し、バブルは崩壊しました。
2008年のリーマン・ショックと世界金融危機は、05年ごろから米国で不動産ブームが本格化し、信用力の低い個人でも住宅ローンが組める「サブプライムローン」が広まったことが発端です。運用難のなか、世界中の金融機関がサブプライムローンを束ねた証券化商品などにこぞって投資しましたが、米国の不動産市況が悪化に転じると証券化商品の評価損が拡大。その連鎖が金融システム不安にまで発展したのです。
バブルの発生・崩壊パターンをなぞる今日の市場
今日の金融市場には、上記のようなバブルの発生・崩壊パターンと似通った状況が見受けられます。新型コロナウイルスの感染拡大に対応して、主要各国は過去1年ほどの間に金融緩和と財政出動を著しく拡大させました。それでなくても日米欧の金融緩和はリーマン・ショック後から長期化しており、市場ではまさしくカネ余りの状態が続いています。
そんななか、最近では規制緩和によって誕生した新たな投資対象が大きな人気を呼んでいます。例えばSPAC(特別買収目的会社)は企業買収のみを事業目的とした運営会社で、上場時に株式市場から資金を調達し、それを元手として2年以内に未上場企業を買収・合併する仕組みです。事業実態がないため「空箱」と呼ばれますが、16年からの累計資金調達額は今年(21年)3月に2179億ドルと、過去半年間で2.4倍に急増しています。
既存の金融規制の枠組みから外れたシャドーバンク(影の銀行)も資産規模を膨らませています。個人資産の運用会社「ファミリーオフィス」の資産規模は世界で約5兆9000億ドルと、すでにヘッジファンドやベンチャーキャピタルなどを上回る規模に達しています。ファミリーオフィス関連では、高リスク取引を通じて一部の大手金融機関が多額の損失を計上するという事案も発生しました。
コロナ禍で巣ごもりを余儀なくされるなか、国からの給付金を元手に株式を購入する個人が増加したり、スマホ証券の普及によって個人の投機熱が高まるといった現象も起きています。コロナ禍という不測の事態が影響したとはいえ、投資の大衆化は確実に進んでいると言えるでしょう。
こうしてみると、もはや個人から企業、金融機関にいたるまで、市場には十分すぎるほどの楽観が広がっているような気がします。ここから先は私たちの感覚やセンスが問われるところかもしれません。一連の出来事から過去のバブルの再来を少しでも連想するならば、どこかで最後の引き金がひかれることを想定して、できる限りの準備はしておくべきでしょう。
それがたとえ取り越し苦労に終わっても、「概念化→過去との照会→リスク感知」というプロセスを習慣化することが、自然災害時などと同じく自らの身を守るための知恵だと思われるからです。