1. いま聞きたいQ&A
Q

「ステークホルダー資本主義」は本当に実現可能なのでしょうか?

日本企業が従業員に報いてこなかった現実

「ステークホルダー資本主義」は、もともと日本企業とは相性が良いといわれています。かつて近江商人が取引上の理念として掲げた売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」が、いまだに経営指針として日本企業の間に少なからず根付いているからです。

日経BPコンサルティングの調査によると、創業100年以上の伝統を誇る日本企業は3万3000社を超え、世界の41%を占めています。こうした長寿企業の多さから見ても、日本企業はこれまで幅広いステークホルダー(利害関係者)とそれなりにうまく折り合いながら、一定の社会的評価を受け続けてきたと考えていいでしょう。

しかし近年に限ってみると、そうとは言い切れない面もありそうです。ある経済学者は財務省の「法人企業統計調査」から得たデータを基に、日本企業が株主はもちろん、従業員にも報いてこなかった現実を指摘します。

資本金10億円以上の大企業(金融は除く)では1990年代後半以降、労働分配率が低下傾向を示しています。労働分配率とは、名目ベースのGDP(国内総生産)から人件費として従業員に分配される割合のこと。90年のバブル崩壊後、長期にわたって営業利益の落ち込みが続くなか、日本企業の多くは人員削減や給与水準の引き下げ、非正規雇用の活用などを進め、結果として労働分配率の低下を招きました。

その間、名目GDPがほとんど増えていないことから分かるように、日本企業は全般にみて、製品やサービス1単位当たりの付加価値率を高められないままでした。それでも一定水準の利益を確保するため、人件費を削減せざるを得なかったわけです。実際に日本では過去20年間、物価変動の影響を除いた実質賃金の伸び率が先進国のなかでは例外的に低下しています。

賃金の抑制は消費の低迷につながるため、企業の売上高は伸び悩みます。人々が低廉な製品やサービスの消費に走ると、企業の利益はますます頭打ちとなり、さらなる賃金抑制に迫られるという悪循環に陥りかねません。経済的な余裕が失われれば少子化はいっそう進み、中間層の没落によって民主主義が不安定化していく懸念も高まります。

お金と並び立つ豊かさの概念を見いだせるか

前出の経済学者は、日本企業の現状について手厳しく批判しています。「株主への利益還元か、幅広いステークホルダーへの配慮かといった哲学論争は後回しでいい。まずは付加価値率の高い製品やサービスの提供に努め、そこで得た利益を優れた人材に正当に配分することだ」

これはいわば企業が付加価値率を高めることこそが結果として従業員に報いること、すなわちステークホルダー資本主義につながるという考え方ですが、いったいどれぐらいの日本企業にそれが可能なのでしょうか。

例えば今回のコロナ禍を通じて、欧米企業の間では安易に従業員を解雇したり、取引先に負担を押し付けたりする動きが相次いだといわれます。そんななか、いくつかの日本企業では経営者自らが「最も重要で守るべきは従業員」と宣言するケースが見られました。

そこには主要な事業分野で世界的なシェアやブランドを確立している企業や、今後も継続的に需要増加が見込まれるIT(情報技術)関連企業が目立ちます。すなわち相対的に余裕のある企業だからこそ、従業員への配慮を大々的に打ち出せるのが実情ではないかと思われるのです

一方で、平均的な日本企業が本気で付加価値率の向上に取り組もうとすれば、これまで以上に徹底した事業の「選択と集中」や大規模な人材の入れ替え、さらには企業の新陳代謝を促す株式市場の仕組みづくりなどが必要になりそうです。あくまでも労働分配の原資となる利益を伸ばすことに焦点を定める限り、実質的にステークホルダー資本主義から離れていく運命にあるとも考えられます。

私たちはこれまで、「得られるお金の量=豊かさ」という既成の資本主義の概念にどっぷり浸かり過ぎてきました。個人がお金に対する欲望を抑えることは、現実問題としてもはや不可能と言えるでしょう。しかし同時に、私たちがお金と並び立つ新しい豊かさの概念も見いだし、それを労働から社会生活まであらゆる場面で共有しなければ、ステークホルダー資本主義は単なる掛け声で終わるのではないでしょうか

若者を中心に公共意識が高まりを見せたり、コロナ禍で人々が消費行動や労働形態を見直したりするなど、新しい価値観の醸成へ向けた萌芽は少しずつ表れ始めています。それを哲学的な理想論として片付けるならば、あとはもう制度の新設や拡充に頼るほかありません。

欧米では最近、職業の有無や給与水準に関係なく一律の金額を支給するベーシックインカム(最低所得保障制度)の導入を模索する試みが相次いでいます。これは資本主義が今後も経済弱者を生み出し続けることを想定したものであり、資本主義の改善が議論される一方で、こうした半ば諦めとも取れる動きもあることを見逃してはならないでしょう。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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