• いま聞きたいQ&A
  • 「コロナ後」の経済状況について、どのように考えればいいですか?(後編)
いま聞きたいQ&A

「コロナ後」の経済状況について、どのように考えればいいですか?(後編)

供給制約が強いなかでの需要増加はインフレ圧力となる

コロナ危機を乗り切るために世界各国は現在、財政支出の大幅な増加を余儀なくされています。それを事実上の財政ファイナンスによって支えているのが各国の中央銀行であり、その異常ともいえる経済構造は今後しばらく続きそうな気配です。

現状はいわゆる「長期停滞」などの影響で金利が低位安定しているものの、このまま国家財政の悪化を放置すると、いずれはどこかの時点で金利が上昇し始めて、インフレに見舞われると考える市場関係者が多いようです。こうした考え方は、コロナ以前からよく耳にしてきました。しかしながら、現実にどのようなきっかけでインフレに転じるのかについて、十分に納得がいく説明は専門家の間からもほとんど聞こえてきません。

いま注目されている長期停滞論は、2013年に米国ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授が先進国の低成長ぶりを評したものですが、元々は1938年に同大学のアルビン・ハンセン教授が唱えた説として有名です。ハンセン氏は29年に発生した世界恐慌をきっかけに世界経済が陥った低成長について、景気循環による短中期的な現象ではなく、長期間にわたって続く可能性がある構造的な変質ではないかと予測しました。

第2次世界大戦によって、ハンセン氏の説は覆されることとなります。戦争による大規模な破壊により、終戦直後はモノやサービスの供給に厳しい制約があったため、本土攻撃を免れた米国を除くと、いずれの国でも大なり小なりインフレ率が上昇しました。戦時中に抑制されていた消費や投資の需要が一気に高まったことも加わり、第2次大戦後の世界経済は総じて高成長・高インフレの傾向に転じたのです。

この史実を参考にするならば、コロナ後の経済状況について考えるうえでも、需要と供給の関係がひとつのヒントになるかもしれません。コロナ危機では「需要減退」と同時に「供給停滞」が起きたことも大きな特徴ですが、第2次大戦後と同じように今後も供給制約が強く残るなかで需要が増加した場合には、経済にインフレ圧力がかかりやすくなります。そのような状況下で大々的に財政出動を行って需要を喚起すれば、インフレを助長することにもなりかねないでしょう。

人々の不安心理や経済格差が消費需要を抑制する?

ただし、戦争と違ってウイルスは目に見えない脅威であり、しかもその脅威がいつまで続くのか分からないという懸念がつきまといます。需要面では、人々の不安心理が消費行動にどのような影響を及ぼすことになるのか注目しておく必要もありそうです。

例えばコロナ危機の過程で、日本人の間にサービスからモノへの需要シフトが発生したことを示すデータがあります。JCBなどが提供する指数「JCB消費NOW」によれば、今年(20年)の2月後半からスーパーでの支出に代表されるモノの消費が堅調に増加しています。それにともない、コロナ以前に前年比0.7%程度だったスーパー店頭におけるモノの価格の上昇率は、一時的に前年比2%近くまで拡大しました。

一方で外食や娯楽、旅行といったサービス消費は大きな落ち込みが目立ち、サービス価格は4月に前年比マイナス0.6%と、コロナ以前よりマイナス幅が大きくなっています。これはいわば、外食という対面型のサービス消費の一部が、食材を購入して自宅で食べる非対面型のモノ消費に置き換わったことを示すものです。

消費者物価指数(CPI)統計では、モノとサービスの価格の平均値として「総合」を集計していますが、その値は4月時点で0.1%と、コロナ以前の1月に比べてプラス幅が縮小しています。2次感染への警戒から新しい消費形態がある程度定着し、サービス消費の戻りが鈍いようなら、少なくとも日本においては戦後と同じような需要の大幅増加は望み薄ではないでしょうか。

資産価格が需要に及ぼす影響もあります。新型コロナウイルスの感染者数と死者数がともに世界で最も多い米国では、経済停滞の影響で3月に株価が大きく下落しましたが、その後は再び上昇基調が続いています。FRB(米国連邦準備理事会)によると、米国では株式のほぼ9割を上位10%の富裕層が保有しているそうです。過去10年以上にわたる米国株上昇の恩恵は、その大部分が少数の富裕層たちにもたらされたと考えられるわけです。

富裕層の持つ余剰貯蓄や、長年の金融緩和によって生じた世界の余剰マネーは、米国の資本市場にこぞって流れ込んでいます。その多くは生産的な直接投資には活用されず、債券購入などを通じて政府や企業、世帯に貸し出されているのが実情です。債券市場に大量の資金が流入して金利が下がると、企業が生み出す事業収益の相対的な価値が高まって株価はさらに押し上げられ、富裕層の保有資産はますます膨らんでいくことになります。

一般に、富裕層は低所得者に比べて消費性向が低いと考えられます。上記のようなサイクルが繰り返されて一般世帯と富裕層の経済格差が広がると、全体として見た場合の消費需要は抑制されます。実はそれこそが長期停滞の一因ともいわれており、かくして話は振り出しに戻ってしまいます。市場関係者のなかには「コロナ後も経済状況は何も変わらない」と、うそぶいている人もいますが、案外それが現実的な見方なのかもしれません。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。