PERなどの株価指標は、どのように活用すればいいですか?(後編)
1株当たり純利益が伸びるなかで株価が下落するケース
私たちがPER(株価収益率)を見る際には、ある銘柄のPERについて現在と過去の水準を比較する「縦軸の視点」も大切になってきます。数年前と比較してPERに変化があってもなくても、その要因や背景を探ることによって、現状の株価が割安かどうかを判断するヒントが得られるからです。
例えば、三井不動産のPERは5年ほど前には30倍台後半でしたが、今年(2019年)8月30日時点では14.6倍まで低下しています。この間、同社の1株当たり純利益は順調な伸びを示しており、事業モデルにもほとんど変化はみられません。一方で株価は、14年の高値だった3,809円(11月4日)から今年8月30日の2,546円(いずれも終値)まで30%超の下落を記録しています。
1株当たり純利益が伸びるなかで株価が下落しているということは、もともとの株価が割高だったか、あるいは何らかの理由で投資家が同社への投資を手控えている可能性が考えられます。同社の株価は短期間での上下動が激しいうえに、ROE(自己資本利益率)や配当利回りがそれほど高くないため、たとえ業績が好調でも長期的な展望を描きにくい銘柄と見なされているのかもしれません。
東証の業種別データ(7月末時点)によると、不動産の平均PERは14.3%なので、それと比べても現状では三井不動産の株価に割高感はなさそうです。今後の不動産市況など不確定要素はありますが、PERの時系列な変化からみる限り、この銘柄は投資を手掛けやすいレベルまで割安になってきたと考えられるのではないでしょうか。
PERが変わらないことを、どのように解釈するか?
紙おむつなどのメーカーとして知られるユニ・チャームは、業種としては化学に属しています。同社のPERは8月30日時点で30.5倍と、業種平均の15.8倍(7月末)に比べて2倍近く高い水準です。ところが同社のPERについて過去を振り返ると、興味深いことが分かります。
10年以降の平均値が31倍程度で推移しており、現状とほとんど変わらないのです。株価は10年からおおむね右肩上がりの状態にあり、ここ数年は1株当たり純利益も順調に伸びています。
PERの計算式は『株価=PER×1株当たり純利益』」という形に組み換えることができます。ここでPERを「投資家の期待値」、1株当たり純利益を「企業の業績」とそれぞれ単純化して定義した場合、株価は投資家の期待値と企業業績の掛け算によって形成されることになります。
すなわち投資家の期待値に変化がなくても業績が良ければ、それに従って株価も上昇していくわけで、ユニ・チャームはまさしくこの図式が具現化された例だと考えられます。
また、PERが変わらないことについては2つの解釈が可能でしょう。ひとつは、投資家が同社に対して今後も安定的な成長を期待しているということ。もうひとつは、その将来性に頭打ち感があるため、たとえ業績が好調でも投資家の期待値が一定以上には大きくならないということです。
ユニ・チャームは現在、海外市場の開拓に注力しており、今後はとくにインドなどアジア地域でのシェア拡大を見込んでいる模様です。少子高齢化などによって国内市場が成熟するなか、思惑どおりに海外市場を取り込むことができれば、株価のさらなるレベルアップも期待できるかもしれません。
短期の業績見通しがPERを大きく動かすケースもあります。工場の自動化(FA)関連装置などを手掛けるファナックは今年4月24日に、20年3月期の純利益が59.6%のマイナスとなる見通しを発表しました。中国における景況感悪化やスマホ需要の鈍化などから、顧客の設備投資需要が弱まるとの予想に基づくものです。
この発表を境に、それまで30倍前後だった同社のPERは60倍台と、一気に9年ぶりの水準まで上昇しました。1株当たり純利益が減ることによってPERが上昇する典型例といえるでしょう。その後もPERは8月までおおむね50倍台後半から60倍台で推移しており、株価の調整が多少は進んだものの、いまだに割高感は否めないというのが現状です。
ファナックの場合とは異なり、企業が業績予想を発表、あるいは修正する前の段階で、株価の下落によってPERが低下するようなケースもあります。例えば機関投資家などが企業リサーチを通じて業績悪化を察知すると、それを織り込んで株価は下落し始めるので、PERは一時的に低下します。ところが実際に業績の下方修正などが公表されると、1株当たり純利益が減ることによってPERは再び上昇に転じるため、結果として当初のPER低下は「見せかけ」だったことになります。
いずれにしてもPERが動く、あるいは動かない背景には必ずそれなりの理由があるはずですが、時と場合によってその理由が分かりやすい銘柄と、分かりにくい銘柄があることもまた事実です。PERが低下したからといって単純に割安になったと判断するのではなく、その経緯が理解できるまで投資を待つといった慎重さも、私たちには求められてくるのだと思います。