世界経済の大きな流れをつかむには、どのような点に着目すればいいですか?(前編)
過去30年に世界で進んだ物理的変化と心理的変化
年頭の恒例として、政治リスクの調査会社ユーラシア・グループが、その年における世界の「10大リスク」を予測しています。今年(2019年)は1月7日に発表があり、最も重大なリスクとして「地政学的な危険を誘発する『悪い種』」が挙げられました。具体例として、欧米政治の混乱やポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭、主要国の同盟関係の弱体化などに言及し、今後数年で「実を結ぶ」可能性があると指摘しています。
2月に入ると、さっそくこの悪い種に該当するような事態が発生しました。トランプ米政権が1日に、中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄を正式に表明したのです。INF廃棄条約は1987年に米国と当時のソ連が調印し、東西冷戦終結後の世界的な軍縮を支える重要な役割を担ってきたもの。米国の破棄通告を受けて、同2日にはロシアのプーチン大統領も条約からの離脱を表明し、再び軍拡競争の懸念が高まりつつあります。
確かに最近は、世界の政治・外交・経済の各分野においてポピュリズムや利己的・排他的な言動がやたらと目立つようになり、悪い種の萌芽(ほうが)はそれこそ枚挙にいとまがないように見えます。そんななかで私たち一般個人が世界経済の今後にある程度の見通しを持ち、将来的なリスクにも備えるためには、世界が直面している構造的な変化について把握しておく必要があると思います。
今年はベルリンの壁崩壊をきっかけに東西冷戦が終結してから、ちょうど30年目にあたります。実はこの30年間に、世界では大きな構造変化が2つあったと考えられます。一つは社会や経済の「物理的変化」にあたるもので、言うまでもなくグローバル化とデジタル化の進展です。もう一つは、特にここ数年で進んだ国家や国民の「心理的変化」にあたるもので、それが前述したポピュリズムや利己主義の顕在化です。
先進国による国際秩序のほころびが新冷戦を生んだ?
グローバル化の進展は、1日1.9ドル以下の生活費で暮らす極貧層の人口を半数以下に減らすなど、世界中の多くの人々に劇的な恩恵をもたらしました。一方で、世界一の経済大国の国民生活にも暗い影を落とすなど、その弊害もまた大きいのが実情です。
昨年末に公表されたデータによると、米国の平均寿命は17年の時点で78.6歳となり、3年連続で延びませんでした。これはインフルエンザが大流行した1918年以来、約1世紀ぶりの珍事です。米国は他の高所得国に比べると若い世代の死亡率が高いのが特徴で、最大の要因として薬物の過剰摂取による中毒死と自殺の増加が指摘されています。
注目すべきは白人の平均寿命が短くなりつつあることで、ヒスパニック(中南米系)や黒人には見られない傾向だといいます。グローバル化がもたらした中産階級の没落が、白人を経済的に追い詰めるのみならず、誇りや自尊心の喪失という形で精神的な打撃を与えているという側面もありそうです。この例が象徴するように、グローバル化は社会や経済のシステムがすでに確立されていた先進国の人々に対して、思いのほか深刻な心理的影響を及ぼしていると考えられます。ポピュリズムやナショナリズム(民族主義)の拡大が特に欧米で目立つのは、その証左ではないでしょうか。
米国では現在、国民の宗教回帰が進んでいるといわれます。なかでもとりわけ強い影響力を持つキリスト教保守派グループ「福音派」は、トランプ政権にとって最大の支持基盤にあたります。トランプ大統領は就任以来、あたかも福音派に配慮するかのように「自国第一」で保護主義に走り、国際協調を軽視する姿勢を鮮明にしています。こうした現状を、第2次大戦後に先進国が構築してきた国際秩序の“ほころび”と見るならば、例えば世界2位の経済大国である中国にとっては国際的な主導権を握るまたとないチャンスと映るかもしれません。
現在進行中の米中貿易戦争について、専門家の間では単なる貿易戦争ではなく、次の時代へ向けた覇権争いをしているという見方が多いようです。米国が内向きになる一方で、中国はこのところ自由貿易や国際協調の守護者といった立場を強調し始めており、経済や軍事だけでなく国際的な指導力の面でも追い上げられる米国は焦りを感じているというわけです。中国の側にしても今後はGDP(国内総生産)の成長率鈍化や人口減少が避けられそうもなく、米国に追いつき追い越して覇権を握るためには、この10~20年が勝負という目算があるでしょう。
東西冷戦終結が経済のグローバル化を推し進め、それが中国の経済的な大躍進を可能にし、そこから30年を経て、いままた米中の新冷戦が始まる――。こうした帰結は皮肉ともとれるし、馬鹿げていると考えることもできます。しかしながら、過去にさかのぼって世界経済の長期的な周期(上下動)を振り返ると、この帰結はある意味で必然と言えなくもないのです。
次回はデジタル化の影響にも少し触れながら、より長期的な観点からみた世界経済の構造変化について考えます。