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いま聞きたいQ&A

米ドル高の現状と今後について、どのように評価・判断すればいいですか?(後編)

米国の財政赤字が拡大するとドル安になりやすい

ドル相場に関しては、市場で語られている次のような言説を理解しておくことも重要です。

米国の財政収支の対GDP(国内総生産)比率とドルインデックスとの関係をみると、米国の財政赤字が拡大する時期にドル安が進みやすいことが分かる。

ここに出てくる「ドルインデックス」とは、円やユーロ、ポンドなどの主要通貨に対するドルの総合的な価値を指数化したものです。米連邦準備理事会(FRB)やニューヨーク商品取引所、大手金融機関などが算出しています。

上記の言説には一応の根拠があります。財政赤字の拡大には通常、国債の増発をともなうため、市場金利の上昇をもたらします。金利が上昇すると、金利負担が重荷となって米国内の企業活動や個人消費などが停滞し、それまで米国株などに投資していた海外マネーは米国外に流出しやすくなるので、結果としてドル安が進むというわけです。

米国の財政状況は現在、どうなっているのでしょうか。米財務省が今年(2018年)10月15日に発表した2018会計年度(17年10月~18年9月)の財政収支によると、米国の財政赤字は前年度比17%増の7,790億ドルとなり、赤字額は6年ぶりの水準まで悪化しました。トランプ政権が実施した大型減税による歳入減の影響が大きく、米議会予算局(CBO)では赤字額が20年度にも1兆ドルを突破すると試算しています。

米国では10月9日に、長期金利の指標である10年物国債利回りが一時3.26%と7年5カ月ぶりの高水準を記録しました。その後は落ち着きを見せているものの、CBOは財政赤字によって米国の長期金利が19年中に3.8%、さらに21年には4%台まで上昇すると警鐘を鳴らしています。ここにきて米国株がたびたび急落するなど、マネー動向にも変化の兆しが見え始めており、過去の経験則からすると、ドル安への転換期が近づいているといえるのかもしれません

米国経済については「双子の赤字」が拡大する懸念も強まっています。米国では17年にモノの貿易赤字が9年ぶりの高水準を記録しましたが、18年は1~8月の累積で前年同期比8.6%増と、さらなる悪化傾向にあります。一般に好況時は輸入の増加で貿易収支が悪化しても、税収が伸びるために財政収支は改善に向かいますが、現在の米国では大型減税によってそのような収支バランスが働きません。

いわば経済がゆがんだ状態にあるわけで、中国との貿易戦争やトランプ大統領の為替に対する口先介入は、ゆがみを強引に修正しようとする焦りの表れとも見てとれます。場合によっては、こうしたゆがみの副作用が為替市場に大荒れをもたらす可能性もあり、しばらくは米国の経常収支の動向には特に注目が必要でしょう。

日本企業は円高時にも業績を伸ばしてきた

「円高・ドル安になると、輸出企業にマイナスの影響が及ぶため日本株は下落しやすくなる。日本経済にとっては、円高・ドル安よりは円安・ドル高の方が好ましい」。為替相場に対してこうしたステレオタイプの反応をする人が相変わらず多いように見受けられますが、果たして本当にそうなのでしょうか。

1998~2017年度の過去20年を振り返ると、為替レートの年度平均が前年度に比べて円高・ドル安に動いたケースは11回ありました。同じ期間における日本の上場企業の業績(*)をみると、最終減益になったのは99年度、08年度、11年度の3回だけで、円高時にも日本企業全体としてはおおむね業績を伸ばしてきたことが分かります。(*純利益増減率、3月期決算企業が対象で金融は除く)

野村証券によると、1ドルあたり1円の円高が進んだ場合に上場企業全体の経常利益をどれだけ下押しするかを示す「為替感応度」は、99年度が1.1%だったのに対して、18年度は0.41%と半分以下に低下する見通しです。これには海外への生産移転や原材料の現地調達、決済に関する為替対策の進展など、さまざまな企業努力によって為替変動に対する抵抗力が高まったほか、為替の影響を受けにくい非製造業が成長したことも関係している模様です。

意外と知られていないかもしれませんが、日本では08年のリーマン・ショックや金融危機を境にして、非製造業(金融を含む)の利益が製造業を上回る状態が続いています。08年の世界的な需要蒸発で痛手を負った製造業はその後、円安や景気回復によって復活し、19年3月期の経常利益は24兆円と、08年3月期を2.5兆円上回る見通しです。一方、個人消費などの内需に軸足をおく非製造業の経常利益は26兆円と、金融危機前から10兆円近く増加する見込みで、日本ではすでに稼ぎ頭が非製造業にシフトしているのが実情です。

ちなみに18年4~6月期の日本の名目GDP(年率換算)は、その約55%に相当する305兆円を個人消費が占めており、輸出は101兆円と3分の1程度の水準にすぎません。さまざまな数字を検証する限り、「円高が日本企業に悪影響を及ぼす」という見方はあくまでもイメージであって、実態を正確には反映していないと考えられます。むしろ、そうしたイメージが先行して株安を招いたりするところに金融市場の難しさがあるといえそうです。

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