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いま聞きたいQ&A

米ドル高の現状と今後について、どのように評価・判断すればいいですか?(前編)

ドルは世界中の通貨に対して軒並み高くなった

外国為替市場ではこのところ、米ドルの相対的な強さが目立っています。すなわち「ドル高」が進んでいるわけですが、ひと言でドル高といっても、実はその内容や意味するところは一つではありません。例えば以下のようなニュースについて、あなたはどこまで理解できるでしょうか。

  • (1)米ドルの名目実効為替レートが今年(2018年)8月に16年ぶりの高値をつけた
  • (2)米ドルの実質実効為替レートは現在、過去20年の平均に比べて1割程度高い状態にある

金利や経済成長率を表す場合と同様に、為替レートに関しても「名目」と「実質」では内容が異なります。さらには「実効」という表記まであり、いったいどれが何を意味しているのか、慣れないうちは混乱してしまう人も多いかもしれません。

私たちが日常的に使っている「円高」「円安」や「ドル高」「ドル安」という言葉は、いわゆる名目為替レートの動きを指すものです。名目為替レートとは、円とドルや円とユーロなど、あくまでも二国間の通貨における変換レートを意味します。これまで何度か紹介してきたように、為替の動きには景気や金利、物価、国家財政、政治情勢など数多くの要因が影響を及ぼしますが、市場参加者がそれらを総合的に判断し、2つの通貨間の力関係として評価したものが名目為替レートだといえるでしょう。

名目為替レートについて物価動向による変動部分を調整したものが、実質為替レートです。理論的には、インフレ率が高い国の通貨はモノやサービスの購買力が弱まるため、その分だけ相対的な価値が下がると考えられます(購買力平価)。物価差からは本来3割の円高になるはずが、実際には2割しか円高が進んでいなければ、実質為替レートでは差し引き1割の円安になったとみなします。これもやはり二国間の通貨におけるレートであることに変わりはありません。

一方、ある通貨の価値が他の複数の通貨に対してどれだけ上下しているかを見る場合には、BIS(国際決済銀行)が算出する実効為替レートを用います。こちらも名目と実質の2種類があり、上記(1)に出てきた『名目実効為替レート』とは、ある通貨について他の複数の通貨に対する名目為替レートの変化率を、貿易量などの比率に応じて加重平均したものです。

(1)のニュースではドルが世界中の通貨に対して軒並み高くなったことが示されているわけですが、実際に他の通貨が今年、ドルに対してどれだけ安くなったかを見てみましょう。円はドルに対して、3月下旬につけた1ドル=104円台の年初来高値から10月上旬につけた114円台の年初来安値まで、約9.5%安くなりました。同じくユーロはドルに対して3月の高値から8月の安値まで約10.6%の下落を記録し、人民元もドルに対して3月の高値から8月の安値まで約11.1%安くなっています。

円はこれまで過小評価されてきた感が強い

(2)のニュースにある『実質実効為替レート』とは、名目実効為替レートについてインフレなど物価動向の影響部分を調整したものです。市場関係者の間では、実質実効為替レートは時期による波はあるものの、長期でみれば平均的な水準に回帰するという考え方がなかば常識になっています。そうした観点からすると、(2)のように現段階でドルの実質実効為替レートが高くなるのは理屈に合わないことになります。

例えば過去20年間、米国では物価が継続的に上昇しており、日米の消費者物価格差は5倍強まで広がりました。これは本来なら円高・ドル安が進む要因になるわけですが、実際にはまったく逆のことが起こっています。円の実質実効為替レートは現在、過去30年で最も安い水準にあり、1985年のプラザ合意前をも下回ります。IMF(国際通貨基金)では、購買力平価でみれば円・ドル相場は1ドル=99円程度が妥当と試算しています。

こうした現状について米国は、日本などが通貨安誘導の政策をとっているのではないかと不満を募らせている模様です。米財務省が今年4月に発表した為替報告書では、中国とともに日本を監視リストに入れて円安の行きすぎを指摘したほか、10月13日にはムニューシン米財務長官が日本との物品貿易協定(TAG)に、通貨切り下げを封じる為替条項を盛り込む意向を示しました。

日銀が過去5年ほどにわたって継続してきた強力な金融緩和は、株高へ向けて円安を実現することがひとつの目的であったことは否定できないでしょう。同時期には世界経済が拡大傾向にあったため、リスクオン時に売られやすい円の価値が実力以上に押し下げられたという側面もありそうです。

複数の通貨に対してドル高が進んだ背景には、米国の長期的な好景気や他国に先んじて始めた利上げなど、それなりの理由があるため、すぐに為替レートが修正されるとは限りません。ただし、米国は現在のようなドル高を望んでいないようなので、少なくともこれまで過小評価されてきた感が強い円に対しては、今後は修正が進んで円高・ドル安に向かう可能性も十分に考えられます

次回はその辺りの話をもう少し掘り下げながら、実際に円高・ドル安に転じた場合、どのような影響がありそうなのか考えてみたいと思います。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。