「適温相場」の今後の動向と、市場への影響について教えてください(後編)
経済面の好データが株価調整を呼ぶという皮肉
金利上昇による適温相場への影響が、早くも現実のものとなってきました。米国ダウ工業株30種平均は、今年(2018年)2月2日に前日比665ドル安という9年2カ月ぶりの大幅下落を記録。続いて週明けの2月5日には終値が前週末比1,175.21ドル安の2万4,345.75ドルとなり、1営業日の下落幅として過去最大となりました。影響はすぐさま世界に波及し、翌2月6日には日経平均株価が前日比で1,071円安となったほか、欧州やアジア市場でも主要な株価指数が軒並み下落しています。
これは米労働省が発表した1月の雇用統計で賃金の上昇率が8年半ぶりの大きさとなったのを受けて、物価の押し上げ圧力が予想以上に強まっていることを市場が意識した結果です。米国の長期金利の指標となる10年物国債利回りは、2月2日に一時2.85%と4年ぶりの高水準まで上昇しました。最近では投資家がダウ平均に投資した場合の利回りにあたる益回りは約5.6%となっており、10年物国債利回りとの差は13年の6%から約3%まで縮小しています。つまり、米国債に比べた米国株の投資魅力は目に見えて薄れつつあるわけです。
今回の金利上昇と株価下落について、市場関係者の間では適温相場の「終わりの始まり」といった声が上がっています。一方で、米国企業の業績や米国株の投資指標を過去のITバブル(00年)や住宅バブル(07年)のピーク時と比較して、米国株にはまだ上値余地があると主張する専門家もいます。しかし、いずれにしても今後は日米欧が金融政策の正常化に動くことを考えると、適温相場が早晩終わりへ向かうことは避けられないのではないでしょうか。
例えば今回、株価急落のきっかけとなった米国の賃金上昇は、基本的には経済が好調であることを示すため、本来ならば株式投資にとって追い風となるはずの話題です。ところが実際には、景気改善が進むとFRB(米連邦準備理事会)による利上げペースが速まるのではないかという臆測が広がり、長期金利が上昇して株価調整につながりました。こうした市場の反応こそが、いかにこれまでの株高が日米欧による大規模な金融緩和に依存したものだったかを示すものといえます。
投資家に恐怖感が広がると相場下落が増幅する
むしろ問題は適温相場の終焉(しゅうえん)に際して、投資マネーの逆回転を通じた金融市場の調整や混乱がどの程度の規模で起こるかでしょう。資産運用の世界では近年、「変額年金」や「商品投資顧問取引」など価格変動率の目標を定めて投資先を決めるタイプの運用が急増しています。IMF(国際通貨基金)の集計によると、例えば年間8~12%の目標変動率を掲げる変額年金の総資産残高は17年半ばに4,400億ドルとなっており、それまでの3年間で資産残高が69%増加していました。
ところがそんな人気ぶりとは裏腹に、17年以降は世界的に株価も債券価格も変動率の低下傾向が続いたため、従来と同様の収益率を維持するためには運用額を積み上げる必要が出てきました。これらの投資家たちは折からの低金利を背景に外部負債を膨らませ、レバレッジ(てこ)を利かせることで純資産規模を大きく上回る投資を行っています。足元ではそうしたいわば「張りぼて」のような運用資金が、米国株だけで5,000億ドル以上も流れ込んでいるといわれます。
債券市場では17年に、新興国の政府や企業による債券発行額が1兆4,712億ドルと2年連続で過去最高を更新しました。ギリシャが欧州債務危機以来では初となる5年物国債(利回り4.6%)を発行したほか、アルゼンチンの発行した100年債(利回り7.9%)が大きな話題となるなど、格付けがダブルB格以下で「投資不適格」とされる低格付けの国債が人気を呼んでいます。
先進国においても、信用力の低い企業が発行する低格付け社債に大量の投資マネーが流入しています。今後の金利上昇を考えると、償還までの期間が長い債券ほど価格変動リスクが大きくなるため、それを避けながら高利回りを追求したい投資家が消去法的に信用リスクを取っているという指摘もあります。
株式にしても債券にしても、世界の投資家がここまで相当に無理をしてリスクテイクの姿勢を強めてきたことは間違いありません。現状がバブルかどうかはさておき、今後さらに相場が大きく崩れるような局面があるとするならば、過去の経験則からして一定のプロセスをたどると考えられます。まず、ささいな事件や出来事から突如として相場が下落に転じること。そして、その相場転換に恐怖を感じた多くの投資家が一斉に取引を手じまうことから、相場下落が増幅することです。当然ながら、投資家が過剰にリスクを取っているほど相場下落は大きくなるでしょう。
その意味で気になる出来事がひとつあります。米国ダウ平均が過去最大の下げ幅を記録した2月5日、米10年物国債利回りは一時2.88%という高水準まで上昇していましたが、最終的には2.70%で取引を終了しました。これは投資家の心理が当初の金利上昇に対する懸念から、株安が止まらないことへの恐怖感へと切り替わり、リスク回避の手段として安全資産の一角である米国債が買われた結果です。
他にも気になる材料が、もうひとつ。市場関係者の間ではあまり言われていないことですが、米国の雇用統計をはじめとする経済関連のさまざまなデータや指標が、長らく続いた金融緩和によってゆがめられている可能性はないのでしょうか。金融政策の正常化によって、これらの数字にも何らかの影響がもたらされた時、市場はどのような反応を示すのか。こちらも相場の下落を増幅させる要因になりそうで、今後は注視していきたいポイントといえます。