「適温相場」の今後の動向と、市場への影響について教えてください(前編)
好況期に金利が低位安定するという理想的な環境
緩やかな景気回復と低インフレが共存するここ数年の世界的な経済状況を、市場では「適温経済」あるいは「適温相場」と呼んでいます。本「man@bow」サイトの人気コラム、伊藤洋一さんの「金融そもそも講座」でも、「ゴルディロックス経済」として時々紹介されています。この状況がなぜ投資家にとって適温になるのか、まずはその背景について簡単に振り返っておきましょう。
例えば、いま日本株に投資した場合の利回りにあたる「益回り」が年率で5%だとします。このとき日本国債10年物の金利が6%あれば、日本株を売却して日本国債を購入する投資家が増えるかもしれません。株式の益回りが時間とともに変動するのに対して、国債は満期まで保有すれば毎年6%の利子と元本が保証されるため、いわゆる低リスク資産として中長期的な運用の計算が立てやすいからです。
逆に国債や社債のような低リスク資産から満足のいく収益が上げられないと分かっている場合、投資家はそれらを売却して株式のような高リスク資産にシフトすることを考えます。主要先進国の国債10年物金利がいずれも3%に満たないという、まさしく今日のようなケースです。
その際、投資家にとって理想的なのは「株価が上昇基調をたどりながら、金利が安定すること」です。株価が上昇しやすいのは景気が好調で企業業績も全般に良好な時期ですが、その時には物価や賃金の上昇などを通じて市場金利も上がりやすくなるのが一般的。中央銀行も景気とインフレの過熱を抑えるため、政策金利の引き上げで対応しようとします。つまり、金利の上昇によって株式の投資魅力が薄まるため、どうしても株価は調整を余儀なくされやすいわけです。
ところが今回の世界的な景気回復局面では、経済の構造変化や人口高齢化などさまざまな要因が重なって、いずれの主要国においても金利が上がらないという異例の事態が続きました。なかでも市場への影響が大きい米国金利の低位安定には、結果として日欧の中央銀行による金融緩和政策も一役買っていた模様です。日欧の低金利を嫌った投資マネーが、いち早く利上げに向かって相対的に金利が高くなった米国債市場へと流れ込み、米国の長期金利を低く抑え込んできたのです。
こうした理想的な相場環境のもと、投資家は株価の上昇基調を確認しながら安心して株式に資金を振り向けることができました。それが適温相場と呼ばれるゆえんであり、多くの投資家がそのような相場観を共有したことが、米国株の相次ぐ高値更新や日本株急上昇の一因になったと考えられます。
米国では金利上昇へ向けて条件がそろいつつある
適温相場にとっては金利が非常に重要なカギを握っているわけですが、今年(2018年)に入ってその金利にいよいよ変調の兆しが見え始めています。米国の長期金利の指標である10年物国債利回りは17年末に2.5%を割り込んでいましたが、今年1月19日に2.66%台と3年半ぶりの高い水準を記録しました。
直接的な要因は2つあります。ひとつは、日銀が1月9日の公開市場操作で超長期国債の購入額を約1年ぶりに減らしたこと。日銀が金融緩和の出口戦略へ向けて地ならしを始めたのではないかとの臆測が広がり、「日米の金利差が縮小→米国債の投資魅力が低下」という連想から米国債相場が下落(長期金利は上昇)したのです。
もう一つは、1月10日に中国が米国債運用の見直しを検討しているとの報道が流れたことです。米国債の最大保有者である中国からのマネー流入が鈍れば、それもやはり米国債相場の下落につながります。ただし、米国債に代わる外貨準備の運用先は世界にそうそう見当たらないため、この報道については信ぴょう性が疑われています。
これらとは別に、もっと大きな流れとして市場に影響を及ぼしそうな要因もあります。米国では17年12月に、法人税率を35%から21%に引き下げることを柱とした大型税制改革案が議会で可決され、今年から10年間で1.5兆ドル規模という巨額の減税が実施されます。この決定を受けて、すでに100社以上の米国企業が雇用増や賃上げ、米国内投資などの施策を公表しています。
世界景気が回復を続けるなかで、原油価格などの商品相場もじわじわと上昇基調を強めてきました。こうした流れが米国でインフレ圧力の高まりにつながれば、FRB(米連邦準備理事会)が現状の慎重な利上げ路線を変更して利上げを加速させる可能性も出てきます。ここにきて、米国では長期金利の本格的な上昇を促す条件がそろいつつあると言えるでしょう。
金利上昇によって適温相場が崩れれば、当然のことながら株式投資にとっては逆風となります。しかし、問題はそれだけではありません。低金利を背景に世界の投資マネーはかなり貪欲に収益を追求した形跡が見られ、株式だけでなく低格付け債券などにおいてもバブルが指摘されています。金利上昇をきっかけに投資マネーが逆回転を始めた場合、市場にもたらされる影響は思いのほか広範囲にわたる恐れがあるわけです。
適温相場という“ぬるま湯”につかりながら、投資家はどのような形でリスクを膨らましたのか。そしてもし近い将来、バブル崩壊によってリスクが顕在化したとき、市場はまたもや混乱に陥るのか。次回はこれらの話題を中心に考えてみたいと思います。