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いま聞きたいQ&A

世界的な経済の低成長や低インフレは、今後も長く続くのでしょうか?(後編)

将来不安がもたらす貯蓄率の上昇と個人消費の低迷

世界的に経済成長率が高まらない一因として、各国のGDP(国内総生産)の最大需要項目である個人消費の低迷を挙げることができます。日本ではGDPの6割弱、米国では7割以上を占める個人消費が、好景気にもかかわらずどうして盛り上がらないのか。その背景として注目されているのが、世界各国で貯蓄率が上昇しているという事実です。

先進国では高齢化の進行に伴って非稼得期間(労働による稼ぎのない期間)も長期化するため、老後の生計に必要な金額が増加するのを見越して、人々が貯蓄を増加させる傾向にあります。現役世代の貯蓄率が上昇していることはもちろん、貯蓄を取り崩して生活費に充てる傾向が強い高齢者世帯においても貯蓄率の低下ペースが鈍化するなど、世代を超えて貯蓄への関心が高まりをみせています。

年金など社会保障制度への疑念が強いことも貯蓄率の増加につながっています。特に社会保障が整備途上の新興国ではそうした傾向が顕著で、例えば中国では家計が可処分所得の4割を貯蓄に回しているほか、アジアなど新興国の貯蓄率はおしなべて高くなっている模様です。経済発展によって新興国の中間層が拡大するなか、国民所得の上昇分の多くが銀行預金を通じて米国債などに流れ込んでおり、それが結果として世界の金利を押し下げているという指摘もあります。

こうしてみると、先進国・新興国にかかわらず国民の「将来不安」が貯蓄率の上昇と個人消費の低迷を招き、世界的な低成長や低インフレに少なからず影響を及ぼしていることがうかがえます。もちろん、貯蓄率の上昇や個人消費の低迷には他の要因も関係しているはずですが、ここではあえて国民の将来不安というキーワードにこだわって、その背景について考えてみたいと思います。

日本におけるGDPの名目個人消費(単純に金額を集計した値)をみると、1980年代には年平均でプラス6%拡大していましたが、その後はバブル崩壊を経て拡大にブレーキがかかり、98年には統計開始以来初めてマイナスを記録します。この時期、日本では企業の大型倒産や大規模なリストラが相次ぎ、従来の終身雇用・年功序列という安定した雇用慣行が崩れるという変化がありました。

加えて97年~98年以降、日本では正規から非正規雇用への転換、ボーナスのカット、ベースアップの凍結など、さまざまな形で従業員の賃金が下がる傾向が高まっていきます。すなわち家計の雇用・所得環境の不確実性が高まるとともに、実際問題として可処分所得の伸びが低下していったわけです。

若いうちに不況を経験すると保守的になる?

90年代後半に起こった雇用・所得環境の大きな変化は、ある面からみれば日本の企業社会が米英の主導するグローバル化の波に本格的に巻き込まれた結果と考えられます。しかし、その米英でも2000年以降は中間層が没落するケースが目立ち、米国ではいまや3人に1人が貧困層あるいは貧困予備軍といわれるほどです。そうした厳しい現実が米国でトランプ大統領を生み、英国をEU離脱に向かわせたことは記憶に新しいところでしょう。

国民が感じる将来不安として、自分や家族の健康面に関するものも大きいと思われます。ただし、それは突き詰めれば「健康を損ねた時に医療や介護にどれだけの費用がかかるのか」という具合に、お金がらみの不安であることに変わりはありません。やはり私たちにとって、最も直接的で深刻な悩みとして実感されるのは賃金・所得が低迷する、あるいは今後も低迷が続きそうなことではないでしょうか。そうした状況が先進各国で広がった以上、全体として家計が消費を控えるようになったのは自然の成り行きといえるのかもしれません

第一生命経済研究所のエコノミスト・永濱利廣氏は、個人消費が低迷する背景として「経済環境」の影響も無視できないと指摘しています。これは09年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校のギウリアーノ教授とIMF(国際通貨基金)のスピリンバーゴ氏が明らかにした研究成果で、高校や大学を卒業してしばらくの間に不況を経験するかどうかが、その世代の価値観に大きな影響を与えるというものです。

日本では近年、34歳以下の若年層で消費性向が大きく下落していますが、物心ついてからずっとデフレ不況の環境下に置かれていたため、この世代には無意識のうちに保守的な感覚が染みついてしまっている可能性があります。そのような価値観が簡単には変わらないとすると、日本では将来にわたって現役世代の消費が抑制されることになり、個人消費の低迷は長引くと考えるのが妥当でしょう。

国民の将来不安を緩和したり、保守的な価値観を変えるためには何が必要なのか――。その答えを長期的な視点に立って明確に、できる限り現実的な形で示してくれる人物や組織が、いま世界中で求められているのではないでしょうか。政治や経済が人々の「心」というものを顧みず、国民の信頼を失い続けている間は、どれだけ景気が良かろうと、実体経済が教科書通りに動かなくても決して不思議ではないように思われます。

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