1. いま聞きたいQ&A
Q

世界的な経済の低成長や低インフレは、今後も長く続くのでしょうか?(前編)

設備投資より資産運用に精を出すIT企業

2012年12月に始まった日本の景気回復局面は、今年(17年)9月で58カ月間(4年10カ月間)の長さとなりました。これは高度経済成長期の「いざなぎ景気」(1965年11月~70年7月の57カ月間)を超えて戦後2番目に長い記録です。世界に目を向けると上には上があるもので、米国の景気回復局面は09年7月からすでに8年超に達し、ドイツでは9年近く、英国では7年超、フランスも約5年と軒並み長期にわたっています。

先進各国でこれほどそろって景気回復が続くのも異例ですが、さらに異例なのは、いずれの国においても好景気が物価上昇や雇用者所得の増加、消費の活性化といった好況期ならではの経済現象につながっていないこと。この間、日米欧で大規模な金融緩和による低金利政策が継続されたにもかかわらず、特に目立って景気が過熱することもなく、経済成長率も物価上昇率も低空飛行が続いています。

景気は底堅いのに低成長や低インフレが続くという“謎”については、以前からさまざまな要因が取り沙汰されてきましたが、最近特に目立つのがIT産業の影響に関する指摘です。例えば、米国アマゾン・ドット・コムに代表される電子商取引の急速な拡大がグローバルな物価低迷をもたらしたという説。同じ製品でも実店舗より値引き率が大きいネット通販などに顧客が流れたことで、世界的にデフレ圧力が強まっているのではないかという見立てです。

低成長の一因として以前から注目を集めているのが、IT産業における設備投資の少なさです。米国アップルなどのIT企業は自前の工場を持たず、旧来の製造業のように設備投資による資本蓄積を必要としないため、経済への波及効果が相対的に低いといわれます。OECD(経済協力開発機構)加盟国を対象とした産業分析によると、自動車など輸送用機械の設備投資は16年度に2.7兆円にのぼり、関連分野を合わせて5.6兆円の波及効果を生みましたが、ITを含む情報サービスの設備投資は0.8兆円にとどまっていました。

アップルは17年9月期に635億ドルの現金を稼ぎ出した一方で、同じ年に設備投資や研究開発に投じた資金は4割弱の240億ドルに過ぎません。積み上がった余資は主に資産運用に回されており、今年夏には保有する社債の残高が1,500億ドル(17兆円)を超え、世界中のあらゆる債券ファンドより運用規模が大きくなりました。IT大手の米国オラクルも、1,349億ドルの総資産のうち設備など固定資産が占める割合はわずか4%で、半分は現金と債券によって占められています。

豊かさをイメージできないから利便性を追求する?

IT産業の隆盛が従業員の賃金を抑え込んでいるという見方もあります。SNS大手の米国フェイスブックを例にとると、利用者数は世界で20億人、株式時価総額は今年11月27日現在で53兆円に達しますが、従業員数は2万人と、今年3月時点の連結で36万人を抱えるトヨタ自動車の18分の1という少なさです。ちなみにトヨタ自動車の株式時価総額は約23兆円で、フェイスブックの半分にも及びません。

IT企業が生み出す巨額の利益は、株主や創業・経営メンバーなどの資本家に集中しがちなほか、こうした企業は実物投資よりM&A(合併・買収)を優先する傾向が強いため、そこでも稼いだ利益が労働者に回りづらくなっているといえます。事実、OECDの集計によると、従業員の給料をGDP(国内総生産)で割った「労働分配率」は先進各国で低下の一途をたどっており、その分、資本家への配分が増えているとみられます。

デジタル化による経済構造の変化が世界的な低成長や低インフレをもたらし、さらには富の寡占や格差拡大さえ招いているという一面も、確かにあるのかもしれません。ただし見逃せないのは、一般消費者が経済のデジタル化やIT関連のイノベーションを利便性の高いものとして、好意的に受け止めているという事実ではないでしょうか

米国マサチューセッツ工科大学が日米中など10カ国を対象にネット通販と実店舗の価格差を調べたところ、日本ではネット通販の方が割安な商品の割合が対象国中で最多の45%にのぼり、価格はネット通販の方が平均で13%安いという結果が出ました。スマホの世帯普及率が7割に達した今年に入ってネット通販の利用は急拡大している模様で、日本人がITによる低価格の恩恵を積極的に享受していることがうかがえます。

中国ではここ数年でスマホによる決済が急増しており、16年には総額で39兆元(約660兆円)と日本のGDPを上回りました。いわば新しい生活インフラとしてスマホ決済が定着するなか、起業家が例えばシェア自転車や生鮮食品の30分配送といった斬新なサービスを次々と世に送り出し、さらに社会の利便性が高まるという波状効果を呼んでいます。

あえて皮肉な見方をするなら、一般消費者から資本家、企業人にいたるまで現代人の多くは大きな意味での豊かさよりも、「いまそこにある便利さ」の実現を追求しているように映ります。あるいは将来的な豊かさをイメージできないからこそ、目の前の利便性を必死に求めるのかもしれません。そうした人間の深層心理が経済に大きく関わっているとすれば、低成長や低インフレは今後も意外と長く続くような気がします。

次回はもう少し視野を広げながら、引き続きこの問題について考えます。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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