いま聞きたいQ&A

日本の財政は今後どうなるのでしょうか?(後編)

なぜ財政がここまで悪化するほど経済低迷が続いたのか

国家財政の健全化へ向けての近道はない、とよくいわれます。経済成長と増税、歳出削減という3つの要素をバランスよく組み合わせて、地道に財政再建への道を歩んでいく以外に根本的な解決策はないのだと。その意味では、基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)などの数値にこだわり過ぎると、かえって財政健全化を遅らせかねないという考え方にも一理あるような気はします。

例えば消費増税で景気が冷え込み、全体として国の税収が減ってしまっては元も子もありません。ある程度の経済成長によって税収が自然に増加し、結果としてPBが改善されていくようなサイクルを実現・維持することが重要だと、多くの専門家が口をそろえますが、その意見に誰も異存はないでしょう。

さて問題はここからです。日本ではなぜ、財政がここまで悪化するほど経済成長率の低迷が続いてきたのでしょうか。大きな要因はデフレといわれているため、この問いは「日本はなぜ過去20年にもわたってデフレから完全に脱却できないのか」とも置き換えられます

日本のデフレ問題に関して、慶応義塾大学総合政策学部教授の白井さゆり氏が興味深い見解を示しています。白井氏によると、日本国民には実は「デフレマインド」はなかったそうです。

デフレマインドとは、人々がモノやサービスの価格が下落し続ける状況をみて「将来的に価格はさらに下がるだろう」と考え、いわゆる買い控えの消費行動をとることを指します。政府と日銀は、日本がデフレから脱却できないのは家計や企業にデフレマインドがあるからだと考え、強力な金融緩和によって人々に将来的なインフレを想起させることで、事態の打開を図ろうとしました。

ところが実際には1990年代後半から2000年代にかけて、企業労組の春闘におけるベースアップ要求の見送りが常態化したことや、社会保険料などの増大、エネルギー関連を中心とする輸入物価の上昇などを通じて、多くの家計では可処分所得の減少が強く意識されるようになります。モノやサービスの価格が下がっているにもかかわらず、人々の間では「生活が苦しくなっている」という実感が広がり、身の丈に合った消費しかしないようになったと白井氏は指摘しています

人々が抑制的な消費行動をとるなか、企業は顧客離れを恐れてモノやサービスの価格を上げることができません。昨今のように人手不足が目立つようになっても、賃金を上げることで人手を確保しようとするのではなく、少子高齢化による将来的なマーケット縮小を意識して、むしろ国内では企業活動を抑制する傾向が強まります。だから賃金もなかなか上がらない。消費者のなかでも年金問題をはじめ将来的な生活不安が増しているため、ますます消費行動が抑制的になっていきます。こうした国民心理のスパイラル的な帰結が、過去に例を見ない「日本型デフレ」の正体だというわけです。

財政問題が経済成長の足かせとなり、出口戦略も遅らせる

もしも白井氏の見立てが正しいならば、国民の将来不安を払拭しない限り、本格的なデフレ脱却や経済成長は期待できないことになります。人々に将来不安を抱かせる背景のひとつとして、これまで成り行き任せに終始してきた財政問題が、直接あるいは間接的に影響していることは確かでしょう。日本はもはや経済成長によって財政問題の解決を目指そうとしても、逆にその財政問題が経済成長の足かせになるという、まるで禅問答のような状況に陥っているのかもしれません。

財政問題は日銀の政策にも影響を及ぼします。日銀は現在、市場から年間50兆~60兆円のペースで国債を購入していますが、将来的に金融緩和の出口戦略に着手すると、国債の購入額を徐々に減らしながら、いずれは購入をストップすることになります。大口の買い手がいなくなった国債は市場でダブつくようになるため、国内の金利は必然的に上昇へ向かうでしょう。

その際、金利が急激に上昇すると自らを含めて各方面への影響が大きいため、日銀は出口戦略のプロセスを慎重に進めようとするはずです。ところが現在のように、政府の予算編成を通じて毎年30兆円以上の国債が新たに市場へ出てくる状況が続くと、日銀は慎重に事を進めるどころか、購入国債の減額さえ、ままならなくなる可能性もあります。

日銀の金融緩和によって金利が低く抑えられている限り、政府の国債利払い費用も低くて済みます。本来は成長戦略や財政健全化の時間を稼ぐための金融緩和が、かえって政府の財政悪化に対する危機感を弱める結果となっており、こちらも悪夢の堂々めぐりと言わざるを得ません。

いずれにしても、経済に悪影響を及ぼすから財政健全化は先送りしても構わないという考え方は、いちど根本から疑ってみた方がいいのではないでしょうか。日本における少子高齢化の進行は、貯蓄を取り崩して生活する人の割合が増えることを意味します。従来のように国民の預貯金が国債購入に回されて間接的に政府の借金を支えるという構造も、いよいよ限界が近づきつつあるわけです。

現状のような規模の国債発行やその国内消化に支障が出た時、政府がどのように対処するのかは非常に興味深いところです。いくつか方法はあると思われますが、恐らく多くの政治家が手のひらを返して歳出削減を言い出すのではないでしょうか。それが見えているのなら、いま実行しても同じだということです。

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