日本人にとって資産運用は身近なものになったのでしょうか?(前編)
投資未経験者の多くはその必要性を感じていない
私たち日本人の投資・運用に関する意識のあり方を探るうえで興味深い2つの調査結果があります。ひとつは金融庁が日本の家計を対象として2016年初に行った、NISA(少額投資非課税制度)の効果を検証するためのアンケート調査です。
そこでは投資未経験者のうち約8割が「有価証券への投資は資産形成のために必要ない」と回答し、その理由として「そもそも投資に興味がない」が約6割を占めていました。さらに、全体の7割が過去に投資教育を受けたことがないと答えており、そのうち3分の2が「金融や投資の知識を身につけたいとは思わない」と回答しています。
こうした結果を受けて、金融庁では本人が行動を起こさなくとも投資教育を受けられるような環境、例えば「職場積立NISA」や確定拠出年金などの整備が有効と分析しています。しかし正直なところ、それほどまでに日本人の投資に対するアレルギーや無関心ぶりが顕著なのだとしたら、現実問題として投資教育を云々(うんぬん)するどころではないような気もしてきます。
もうひとつは、仏系運用会社のアムンディ・ジャパンが16年8月に実施した「資産運用に関する意識・行動調査」です。1万2,000人を超える回答者全体の38%は資産運用の未経験者でしたが、そのうち36%の人が「資産運用の必要性を感じている」と答えています。
注目したいのは、この調査の対象が“保有する金融資産が200万円超の人”に限定されていたこと。資産運用の経験者が全体の6割強を占め、未経験者のなかにも運用を必要と感じる人が4割近くいるという結果からは、ある程度の資産を保有すれば自ずと運用への意識が芽生えてくるようにも思えます。しかしながら、逆に200万円超の資産があっても、未経験者の6割以上が運用の必要性を感じていないという事実は重いのではないでしょうか。
2つの調査結果をみる限り、大概の日本の個人にとって投資・運用のハードルは想像以上に高いといわざるを得ません。1,700兆円に上る個人金融資産のうち、株式や投資信託など直接的に投資へ回っている比率が1割強に過ぎないことを踏まえると、日本国民の間ではまだ圧倒的に投資未経験者が多く、投資に対する興味や関心は平均して薄いだろうと推測されます。
日本人は資産形成の多くの部分を退職金に依存してきた
金融庁が16年9月に発表した「平成27事務年度 金融レポート」には、日本人の投資・運用に対する無関心ぶりの背景と、その弊害を示唆するような内容が記されています。例えば家計金融資産の年齢別分布状況(金額ベース)をみると、60歳以上の層が保有する金融資産が全体に占める割合は1989年の約3割から2014年には約6割まで増加し、その額は1,000兆円程度に達しています。
高齢者への資産集中が進む理由としては、日本人がこれまで資産形成の多くの部分を退職金に依存してきたことや、平均寿命が延びるなかで高齢者から高齢者への相続が増加していることなどが挙げられています。結果として、日本の家計では以下のような傾向がみられるようです。
- ●長年にわたる投資・運用の成果ではなく、退職金や相続などにより一気に資産が増加するというパターンで資産形成が行われやすい
- ●投資経験や投資に関する知識が必ずしも十分に得られていない状況で、多額の金融資産の運用を考える必要が生じてくる
退職金や相続した財産をめぐって、金融機関からの勧誘や提案が増えるであろうことは容易に想像がつきます。それをきっかけに初めて資産運用の必要性を感じるようになったり、投資に目覚めるという人も多いのかもしれません。
同金融レポートでは、日米の家計における資産運用の貢献度も紹介されています。米国では家計所得のうち勤労所得と財産所得の比率が概ね3:1で推移しており、資産運用が家計をサポートしている様子がうかがえます。対して日本ではその比率が8:1程度であり、ほとんど家計に貢献できていません。
見方を変えると、日本の家計は資産形成を退職金などの一時的な収入に依存するだけでなく、日常的なお金のやりくりの大部分を勤労所得に依存していることになります。こうした感覚が根付いている以上、勤労所得がある程度安定して見込める間は、多くの日本人が資産運用の必要性を感じなくても決して不思議ではないわけです。
いささか逆説的な物言いになりますが、現在の日本で投資教育が急務なのは若い世代ではなく、相対的に資産運用への意欲が大きい60歳以上の高齢者ではないでしょうか。平均寿命からすると20年程度の運用期間が残っているため、長期投資について考える余裕も十分にあります。
一方の若い世代については、投資教育の推進や金融リテラシーの向上以前に、少しでも投資・運用に興味を感じてもらうことが先決でしょう。次回はこの問題について、引き続き考えてみたいと思います。