クレディ・スイスの買収劇にみる国際金融の現実と課題
国際的に厳しい金融規制を受けていたはずのクレディ・スイス・グループが、あっという間に経営危機に追い込まれました。米国の銀行破綻が影響したとはいえ、ここ数年は同行を巡って悪いニュースが絶えなかったのも事実です。投資家のリスク認識の甘さとともに、金融規制の在り方が改めて問われることになりそうです。
Q.クレディ・スイスはなぜUBSに買収されたのですか?
クレディ・スイスは167年の歴史を誇る名門銀行ですが、ここ数年は麻薬組織のマネーロンダリング(資金洗浄)や汚職事件への関与など、何かと不祥事が目立っていました。2021年には、いずれも破綻した米国の投資会社および英国の金融ベンチャーとの取引によって巨額損失を計上。22年12月期まで2期連続の最終赤字に陥りました。
そんななか、米国で今年(23年)3月10日にシリコンバレーバンクが、12日にはシグネチャー・バンクが相次いで破綻し、その影響からクレディ・スイスは大量の預金流出に見舞われます。15日には筆頭株主であるサウジ・ナショナル・バンクが追加投資を否定したと報じられ、クレディ・スイスの株価は一時、前日比3割安まで急落しました。
クレディ・スイスの自力再建が困難と判断したスイス政府は、同国の金融最大手UBSによる買収を画策します。買収に伴う損失についてUBSに多額の政府保証を与えるなど、破格の条件も盛り込み、交渉期間2日あまりという異例の早さで買収成立にこぎつけました。スイス政府が国内の最重要産業である金融業を守るため、なりふり構わず救済買収に動いた格好ですが、そのプロセスは強引すぎたきらいがあり、各方面から反発を招いています。
UBSによるクレディ・スイスの買収にあたっては本来、クレディ・スイスが株主総会で3分の2以上の株主から同意を得る必要がありました。ところが今回はスイス政府が緊急法令を制定して、株主総会での決議がなくても両行の統合が成立する特例扱いとしたのです。
クレディ・スイスの株主から見れば、株主総会で買収への賛否を示す機会を奪われたうえに、自らが保有する株式を安く買いたたかれたという不満も残ります。買収成立前の3月17日時点でクレディ・スイスの時価総額は約1兆円ありましたが、UBSが合意した株式交換による買収額は半分以下の約4200億円にとどまったからです。
財務指標という数値だけの銀行規制には限界が
さらに今回の買収劇では、クレディ・スイスが発行した約2.3兆円分の「AT1債」が無価値になりました。AT1債は08年のリーマン・ショックと金融危機時に、金融機関へ巨額の公的資金が投入されたことへの反省から生まれた金融商品です。
主要各国は銀行などの金融機関が経営危機に陥った場合に、納税者の負担となる公的資金投入(ベイルアウト)ではなく、持ち分に応じた損失を株主や債権者に負担させる「ベイルイン」によって救済する法整備を進めました。その一環として設計されたのがAT1債で、平時は債券(永久劣後債)としての性質を持ちますが、経営悪化時には株式に転換したり、元本を削減したりすることで金融機関の損失を吸収する仕組みになっています。
AT1債は自己資本として算入できるため、欧州を中心に多くの銀行が自己資本を補強する手段として発行しています。普通社債などに比べて利回りが高く設定されていることから、低金利下で運用利回りを底上げする商品として、資産運用会社や年金基金などがこぞって購入してきました。
銀行の清算時における資本の弁済順位は通常、低い順に「株式、AT1債、その他の劣後債、普通債」となります。ところがクレディ・スイスについては株式の価値を残す一方で、株式よりも弁済順位の高いAT1債が無価値になりました。
スイス金融市場監督機構(FINMA)の説明によると、クレディ・スイスが発行したAT1債は経営破綻の前段階であっても、存続に関わるイベントなど「特別な政府支援」が認められた場合には無価値にすることが目論見書で定められていました。クレディ・スイスが3月19日に受けた流動性支援が、その特別な政府支援に該当するというわけです。
スイスの金融機関が発行するAT1債に、全額減損もあり得る特別なトリガー条項が定められているのは、機関投資家にとっては常識だと指摘する専門家もいます。しかし現実には、多くの投資家が発行条件を理解して投資していたわけではなさそうです。投資家がスイス固有のリスクを把握していれば、クレディ・スイスなどのAT1債は割引価格で取引されるはずですが、そのような形跡はなかったからです。
厳しい見方をするならば、投資家のAT1債に対するリスク認識が甘かったと言えますが、それ以上に問題なのは、金融規制の難しさではないでしょうか。
クレディ・スイスは世界の金融システム上で重要な銀行(G-SIB)のひとつとして、国際的に厳しい規制を受けてきました。普通株や内部留保など中核的な自己資本で構成される「CET1比率」は22年末時点で14.1%と、グローバルに業務展開する銀行に求められる4.5%を大きく上回っていたのです。
それでもひとたび信用不安が広がると、1日に1兆円以上の預金が流出して、高めの自己資本比率もバッファーにはなりませんでした。1990年代後半に日本で金融危機が生じた際にも、複数の銀行で似たような事態が生じており、またも歴史は繰り返した格好です。
財務指標という数値だけで銀行を規制するのではなく、内部統制など経営の実態にまで踏み込んだ形で、いかに銀行の健全性を担保していくか。リーマン・ショック後に強化したはずの国際的な金融規制の在り方が、いま改めて問われようとしています。