米国で起きた「ゲームストップ騒動」が示唆するところについて教えてください。
スマホ証券は意図的に取引を停止したのか?
米国の個人投資家がSNS(交流サイト)を通じて、投資のプロであるヘッジファンドに立ち向かった――。この事実だけを取っても十分に興味深いのですが、さらに騒動の背景を探っていくと、そこには今日の株式市場を取り巻くいくつかの興味深い問題が垣間見えます。まずは事の経緯を簡単に振り返っておきましょう。
今年(2021年)1月に、米国のゲームストップ株に対して一部の大手ヘッジファンドが空売りを仕掛けました。ゲームストップ社は実店舗が中心のゲーム小売りチェーンで、ネット販売の普及により業績が低迷していました。そんな地味な銘柄に1月下旬から個人投資家の買いが殺到します。一時的に売買代金はアップルを上回り、株価は年初比で約18倍にまで高騰しました。
個人投資家はオンライン掲示板「レディット」などで情報を交換・共有しながら、スマートフォン専業証券の「ロビンフッド」などを使って、ゲームストップ株に大量の買い注文を入れていました。空売りを行っていた米国メルビン・キャピタルなど複数のヘッジファンドが多額の損失を計上し、いったんは個人投資家に軍配が上がったかのように見えましたが、この話には続きがあります。
ロビンフッドが1月28日にゲームストップを含む一部銘柄について買い注文の受け付けを停止すると、それを機にゲームストップの株価は急落。結果として多くの個人投資家も損失を被ることになりました。2月18日には米議会下院の金融委員会で初の公聴会が開かれ、米国株式市場に混乱をもたらした騒動の真相解明に向けて調査が始まっています。
取引停止の理由について、ロビンフッドは「清算機関から預託金の積み増しを求められたため」と説明しています。一方で取引機会を失った個人投資家や金融委員会の公聴会に出席した議員の間では、ロビンフッドがヘッジファンドの利益を守るため、意図的に取引を停止したのではないかという疑念が広がっています。
13年に創業したロビンフッドは、現物株などの取引手数料が無料で1ドルから投資できる手軽さを売りに、利用者を急速に増やしてきました。ただし、そのビジネスモデルには一種の「からくり」があります。取引手数料を無料にする代わりに、顧客の売買注文をマーケットメーカー(値付け業者)に回送して収益を得ているのです。
大口の回送先のひとつである米シタデル・セキュリティーズは、そのグループ会社が今回の騒動で損失を被ったヘッジファンド、メルビン・キャピタルに出資している関係にありました。そのためロビンフッドの取引停止措置は、同社の収益源であるシタデルからの要請を受けたものではないかと勘ぐられているわけです。
投機と大義名分に走る米国の個人マネー
SNS発の大きな動きとしては、トランプ前大統領の支持者らによる米連邦議会占拠事件が記憶に新しいところでしょう。それと同様に今回の騒動も、コロナ禍で経済格差の拡大に拍車がかかる米国社会の“分断”を反映したものという意見が少なくありません。
「空売りヘッジファンドを締め上げる」という旗印のもと、個人投資家が共闘したことの波紋は大きく、米政権と金融当局は規制強化に向けて模索を始めました。SNSで同一行動を呼びかけた行為が法律で禁じる「市場操作」や「共謀」にあたるのかが焦点になりますが、その検証は難しく、ネット上の膨大なデータを解析する技術の開発など、規制当局が抱える課題は多いのが実情です。
個人投資家の間に広がるリスク認識の薄さも問題になっています。ロビンフッドなどスマホ証券の利用者は、特に額面が5ドルに満たない超低位株を好むといわれています。超低位株は少額から投資できる半面、業績が悪化している銘柄も多いため、どうしても値動きは荒くなりがちです。
実際のところ、コロナ禍をきっかけに投資を増やした米国の個人マネーは、20年春ごろから投機色が強まっています。若者を中心に個人がゲーム感覚で投資を楽しむ現状について、米クレイトン大学のロバート・ジョンソン教授は「投機の民主化が起きている」と苦言を呈しています。
一方で、個人の間には投資を通じて社会貢献を果たしたいという意識もあるようです。例えば過去1年ほどで時価総額が急増した電気自動車(EV)のテスラは脱炭素社会の象徴であり、ドル建て価格が急騰した暗号資産(仮想通貨)のビットコインは中央銀行による通貨発行独占へのアンチテーゼという位置付けです。
こうした大義名分は危うさをはらんでいます。ビットコインの維持に必要な年間電気消費量はオランダ一国分といわれます。テスラは今年2月8日、そのビットコインに15億ドルを投資し、同社のEVもビットコインで購入可能にすると発表しました。すなわち、テスラもビットコインも見方によっては地球環境に多大な負荷をかける存在と捉えることもできるわけです。
コロナ危機後に投資を始めた米国の個人の多くは、大きな調整局面を経験していないため、相場の急変時に予期しない投資行動をとる可能性があります。大義名分が崩れた際の反動売りも含めて、今後の米国株式市場ではボラティリティー(価格変動幅)が想像以上に大きくなるかもしれません。その余波が日本の株式市場にも押し寄せるリスクを、私たちは覚悟しておく必要がありそうです。