1. いま聞きたいQ&A
Q

原油先物の価格が一時、マイナス圏まで下落したのはなぜですか?

現物を受け取りたくない投資家の売りが殺到した

ニューヨーク市場に上場する原油先物のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)が、今年(2020年)4月20日に史上初の「マイナス価格」を付けました。これには新型コロナウイルスの感染拡大による原油需要の激減と、WTIに特有の決済方法が大きく関係しています。

原油先物の仕組みをおさらいしながら、今回の経緯を大まかに振り返ってみましょう。

原油先物市場の参加者には大きく分けて2つの勢力があります。ひとつは石油会社や製油所などの実需家で、彼らは原油現物取引の価格変動による損失を抑える目的で原油先物を利用しています。もうひとつが先物の売買差益を狙った投資家や投機家たちで、ETF(上場投資信託)やETN(上場投資証券)を通じて個人投資家の資金も大量に流れ込んでいます。

例えば米国最大の原油ETF「USオイルファンド」には、4月20日までの1カ月間で33億ドルもの資金が流入していました。年初に1バレル60ドルを超えていたWTIの価格が、3月に入って30ドルを割り込む水準まで下落したため、相場の回復を見込んだ個人投資家を中心に人気を呼んだ格好です。

WTIは月ごとに決済日が設けられており、5月物の決済日は4月21日でした。5月物の買い手は4月21日までに反対売買(先物の売り)を行って決済するか、そうでなければ買った原油を現物で受け取る必要があります

原油ETFなどは決済期限が近い原油先物を中心に運用して、取引終了が近づくと次の期限などの原油先物に持ち高を移していくのが一般的です。期限内に先物価格が下がった場合、通常ならばそれを買い取って現物で受け取ろうとする製油所などが相当数現れるものですが、今回は事情が異なりました。コロナ危機で世界的に原油需要が急減したため在庫が増え、原油の貯蔵施設が満杯に近づいていたのです。

小麦や大豆のように倉庫を使うのとは異なり、原油を貯蔵するタンクは大がかりで増設は容易ではありません。なかでもWTIは米国内陸部のオクラホマ州クッシングを受け渡し拠点としており、輸出などで在庫を減らすのに時間がかかるため、保管能力の低さがネックと以前から言われていました。

決済期日が迫るなか、現物を受け取りたくない原油ETFなどの投資家は5月物の売りを急ぎましたが、貯蔵施設を手当てできないことから製油所などの買い手がなかなか現れず、一方的に売り注文だけが膨らみました。そのようにして4月20日に1億バレル強の持ち高の9割超が一気に解消された結果、WTI5月物の価格は一時マイナス40ドル台まで下落することとなったのです。

ちなみに同じ原油の先物市場であるロンドンの北海ブレント原油は、WTIとは違って決済時に現物を受け取らず、資金のやり取りだけで取引を完結することも可能です。そのためか、WTIが混乱するなかでも北海ブレント原油の値動きは比較的安定して推移しています。

原油を取り巻く環境が様変わりしつつある

コロナ危機を通じて世界各国が都市封鎖や外出・移動制限の導入を余儀なくされ、それがガソリンやジェット燃料など輸送用エネルギーの需要急減につながりました。IEA(国際エネルギー機関)によると、今年4月の石油需要は前年同月比で日量2900万バレルの大幅な減少を記録しています。

ただし、その後は中国の経済活動再開や米国各州における移動制限の緩和などにより産業用燃料やガソリンの消費が回復に向かい、5月第2週時点の原油在庫は約4カ月ぶりに減少へと転じています。OPEC(石油輸出国機構)とロシアなど非加盟の主要産油国で構成する「OPECプラス」は、低迷する原油価格を下支えするため、5月から日量970万バレルの協調減産を始めました。6月からはさらに、サウジアラビアが日量100万バレルを自主的に追加で減産する計画です。

IEAは5月の石油市場月報で、今年の年間を通じた石油需要の見通しを前年比日量860万バレルの減少と発表しました。4月に予測した同930万バレルの減少からはマイナス幅が縮小してきています。WTI6月物の価格も5月18日に、約2カ月ぶりとなる1バレル30ドル台の回復を果たしました。ここにきて原油市場にはようやく正常化の兆しが見え始めたといっていいでしょう。

一方で、専門家の間からは原油相場の持続的な回復に疑念を抱く声も上がっています。例えば今回、いわゆる「3密」を防ぐために採用されたテレワークやオンライン授業が意外とすんなり普及したように、コロナ危機の終息後には人々の行動様式が大きく変わる可能性があります。物理的な移動需要の一部がデジタルやIT(情報技術)などを活用した代替手段に置き換わった場合、移動用エネルギーの中心である原油需要が構造的に抑制されることになるというわけです

米国シェールオイル業界の今後の動向も気になるところです。シェール関連企業の多くは、資金調達を低格付けで信用リスクの高いハイ・イールド債の発行に頼っているのが現状です。ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が注目されるなか、もともとシェール業界に対する風当たりは強まっていましたが、今回のコロナ危機は投資家が原油離れへの意識をいっそう高め、同業界に見切りをつけるきっかけになるかもしれません。

いずれにしても現在、原油を取り巻く環境が様変わりしつつあることは確かでしょう。それが結果として世界経済にどのような影響を及ぼすことになるのか、混乱や急変への備えも含めて、しばらくは注視しておく必要がありそうです。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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