銀行の安全性確保に向けた取り組みは、どうなっているのですか?
BIS規制を見直して資本の質的向上を求める
銀行の経営破綻を未然に防ぐため、銀行には一定水準の自己資本比率を維持することが国際的な金融規制として義務付けられてきました。日米欧など主要国・地域の中央銀行や銀行監督当局によって構成されるバーゼル銀行監督委員会では、国際的に業務を展開する銀行については8%以上、海外に営業拠点を持たない国内銀行については4%以上の自己資本比率をそれぞれ求めています。
バーゼル委員会の事務局がBIS(国際決済銀行)にあることから、この規制は「BIS規制」と呼ばれるのが一般的です。BIS規制が始まったのは1988年ですが、90年代後半に日本で金融危機が生じた際には、あたかも規制が形骸化しているかのような事態に陥りました。最終的に破綻した北海道拓殖銀行と日本長期信用銀行、日本債券信用銀行の大手3行は、破綻直前の決算ではいずれも当時の規制をクリアしていましたが、破綻にともなう損失の表面化によって自己資本比率がプラス数%から大幅なマイナスに転じたのです。
2008年に発生したリーマン・ショックと世界金融危機においては、「too big to fail(大きすぎてつぶせない)」という概念が問題視されました。大手銀行などが経営破綻すると経済システムに多大な悪影響が及ぶため、米国を中心に大規模な公的資金の注入によって複数の金融機関をいわば救済する措置がとられたわけですが、それが社会的に大きな批判を呼ぶことになったのです。
BIS規制は04年に改定された後、リーマン・ショックを契機に再度本格的な見直しが図られ、17年には「バーゼル3」という新しい規制の枠組みに関する最終的な国際合意が成立しました。バーゼル3では世界的な金融危機の再発を防ぎ、国際金融システムのリスク耐性を高めることを最大の目的としており、銀行が想定外の損失に直面した場合でも経営危機に陥ることのないよう、自己資本比率に関する規制の厳格化を進めています。
一般企業の自己資本比率は「自己資本÷総資産」という式で表されますが、BIS規制による銀行の自己資本比率は、これとはいささか趣が異なります。まず分子の自己資本は、損失吸収力の高さによって大きく3つのレベルに分類されています。バーゼル3では、普通株式や内部留保などを最も損失吸収力の高い資本と位置付け、「普通株式等Tier(ティア)1」という新たな分類対象に定義しました。それ以外では、例えば優先株は「その他Tier1」に分類され、劣後債や劣後ローンなどは「Tier2」として自己資本への算入が認められています。
一方で分母には、貸借対照表の総資産ではなく「リスク・アセット」が用いられます。これはいわば損失リスクを織り込んだ資産額に当たるもので、資産の種類ごとにリスク・ウエイトを掛け合わせて得られた額や、各資産の市場変動リスク相当額などを合計して算出されます。リスク・ウエイトの例としては、日本国債は0%、中小企業や個人への貸付は75%、事業法人への貸付は格付けに応じて20~150%などとなっています。
バーゼル3では自己資本比率の最低ラインとして、国際的に業務展開する銀行に対しては「普通株等Tier1」で4.5%以上、「普通株等Tier1+その他Tier1」で6.0%以上、「普通株等Tier1+その他Tier1+Tier2」で8.0%以上と、かなり細かく資本の質的向上を求めています。
債権者に損失負担を転嫁するTLAC債の発行
日米欧などの金融当局で構成されるFSB(金融安定理事会)では、金融システムへの影響が特に大きい巨大銀行などが経営難に陥った場合に備えて、資本や社債の積み増しを求める規制を課しています。規制の対象となった世界の大手金融機関は、持ち株会社を通じて「TLAC債(総損失吸収力債)」と呼ばれる債券を発行することが義務付けられます。
TLAC債は金融機関が実質破綻と見なされた時点で、株式への転換や元本削減が行われる仕組みになっています。こうしていわば債権者に損失負担を転嫁することで、公的資金の投入による銀行救済や金融システムの混乱を避ける狙いがあります。日本ではすでに三菱UFJ、みずほ、三井住友の3メガバンクが規制の対象となっており、2021年3月31日からは新たに野村ホールディングスも対象に加わります。
銀行に対する最新の規制では、損失吸収力の高い資本の積み増しが大きなテーマであることが分かります。ただし、普通株式もTLAC債も、ほとんどゼロに近い低金利で集められる預金とは異なり、配当金や利払いというかたちで結構なコストがかかります。銀行にとっては経済的な負担が高まるわけで、結局はインセンティブの問題がカギになるのではないでしょうか。
例えば内部留保を厚くして資本を強化したり、分母にあたるリスク・アセットを減らしたりすることで自己資本比率を高める手もありますが、これらはいずれも銀行による貸付の圧縮につながりかねません。ただでさえ銀行の預貸金利ざやの縮小が著しい昨今、規制の理念と銀行経営の実情がどこまでバランスを取っていけるのか、なかなか難しい課題だと思われます。