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いま聞きたいQ&A

コロナ・ショックのなかで、円高がそれほど進まないのはなぜですか?

先行き不安から基軸通貨ドルの需要が著しく増加

今年(2020年)1月下旬に中国で新型コロナウイルスの集団感染が明るみに出たわけですが、これをはさんで年初から2月末までの間、円の対ドル相場は1ドル=110円前後で推移していました。その後、世界への感染拡大が深刻化するなかで3月9日には一時101円台まで円高が進んだものの、すぐにまた円安基調へと逆戻りし、4月1日時点では1ドル=107円台となっています

この間に米国ダウ工業株30種平均は、2月12日の史上最高値2万9551ドルから3月18日には1万9898ドルまで下落して、約3年1カ月ぶりに2万ドル割れを記録。日経平均株価も1月20日に付けた直近の最高値2万4083円から、3月18日には1万6726円まで下落して、約3年4カ月ぶりの1万7000円割れとなるなど、株式市場では大荒れの展開が続いています(株価はいずれも終値)。

こうしたリスクオフの局面では、投資家が相対的に安全な通貨とされる円に資金をシフトするため、円高ドル安になるのがセオリーと言われてきました。特に今回は、3月中にFRB(米連邦準備理事会)が2度の緊急利下げを行い、米国の長期金利が一時0.3%台まで低下するなど、年初には2%近くあった日米の長期金利差が過去に例のない水準まで縮小しています。金利差からみて、本来なら1ドル=100円を超える円高になっても不思議ではないと指摘する専門家もいるほどです。

結果的にそれほど円高が進まなかった背景として、2つの環境変化を挙げることができます。ひとつは、コロナ・ショックがもたらした経済の先行き不安により、世界中で手元に現金を置くことを望む人が増え、基軸通貨であるドルの需要が著しく増加したことです。

まず企業の間では、景気悪化への懸念から手元資金を増やす動きが急速に広がりました。一方で、米ボーイング社のように巨大企業でも経営が危ぶまれるケースが出てきており、投資家の間ではリスク許容度が下がって投資先から資金を引きあげる(現金化する)動きが活発化しています。金融機関や投資ファンドの間でも、年金基金など資金の出し手からの解約・返金に応じるためにドル資金を手当てする必要が高まっています

市場参加者の安全志向が極度に強まるなか、通常は安全資産の代表とされる米国10年物国債や金(ゴールド)までもが換金売りの対象となり、世界中のマネーがこぞってドルを目指しました。ドルの価値は主要通貨に対して軒並み上昇し、BIS(国際決済銀行)が算出する世界の貿易量を考慮したドルの名目実行レートは、3月17日に34年ぶりの高値を付けています。

日本の物価上昇率や金利の低さが目立たなくなった

もうひとつの環境変化は、実はコロナ・ショックの発生以前から進んでいました。

そもそもこれまで円が有事の安全通貨とされてきたのは、日本で長らくデフレが続き、欧米との間で物価上昇率の差が大きかったことが関係しています

モノの値段から通貨の価値を割り出す「購買力平価」の考え方では、物価が下がるとより少ない額のお金でモノやサービスが買えるようになるため、通貨の購買力が上がる、すなわち通貨の相対的な価値が高まるとみなします。こうした観点から円はいわば「実力のある通貨」と評価され、世界的に不安心理が広がるような局面で買われやすかったわけです。

ところが、ここ数年で欧米の物価にも下げ圧力がかかってきたため、日本と欧米の物価上昇率格差は縮小してきました。経済のグローバル化やネット通販の普及などが世界的な物価下落圧力を生み、特にその影響はもともと物価が低かった日本よりも欧米など海外で顕著だと言われています。そんななか、円の魅力につながる購買力の強さは以前より目立たなくなってきています

デフレの国では金利が低いのが一般的ですが、かつて日本の金利が世界で突出して低かった時代には、円で資金を調達して高金利通貨で運用する「円キャリートレード」が活発に行われました。リスクオフの局面になると、この取引を清算する動きが一気に増え、投資家が引きあげた資金を円に換えて返済に充てるため、大量の円買いが発生します。そんな経緯から円は有事に需要が増える通貨という側面があったわけですが、これについても事情が変わりつつあります。

日本銀行と欧州中央銀行は現在、ともにマイナス金利政策を採用していますが、前者のマイナス0.1%(短期政策金利)よりも、後者のマイナス0.5%(中銀預金金利)の方が、市場参加者により積極的な緩和姿勢を印象付けています。そのため、最近は円よりユーロを借りて手掛けるキャリートレードが増えてきており、リスクオフ時の円買い戻しもかつての規模では起きにくくなっているもようです

さて、いずれはコロナ・ショックも終息に向かうと思われますが、その後の為替動向を見通すのはかなり難しくなってきました。米国議会はすでに2兆ドル(約220兆円)規模の経済対策を実施する法案に合意しています。その額があまりに度を越えて大きいため、仮に景気の一時的な下支えに成功したとしても、米国の財政悪化はまず避けられないところです。

これまで世界景気をけん引してきた米国がらみで決定的な悪材料が出た場合には、リスクオフ時の円買いが再び進むことになるかもしれません。いずれにしても、コロナ・ショックが世界各国にもたらす経済的・社会的ダメージの深さとそこからの回復度合い、および回復に要するコストの大きさに、しばらくは注目が必要でしょう。

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