1. いま聞きたいQ&A
Q

金融政策の「出口戦略」がなかなか進まない理由を教えてください。

政治と市場の両方から独立できない中央銀行

確かに各国の出口戦略は思うように進んでいません。

たとえば、FRB(米連邦準備理事会)は2014年10月に量的緩和政策を終了し、翌年12月には政策金利を引き上げました。金融政策の軸を量から金利へ転換して政策を正常化したものの、2019年夏からは先行きの不確実性増大に備えた「予防的利下げ」を行っています。さらに、同年10月には月間600億ドルにのぼる短期国債の購入策を開始し、現在も続けています。これは米国の短期金融市場で発生した資金不足を解消するのが目的ですが、購入の規模が10~11年の量的緩和第2弾(月間750億ドル)に近いことから、市場では新たな量的緩和と受け止める向きも多いようです。

実際に米国ダウ工業株30種平均は今年(20年)2月にも史上最高値を更新し、図らずも金融緩和と同じ効果がもたらされた格好です。FRBのパウエル議長は短期金融市場の混乱収束を見越して、短期国債の購入を今年7月にも縮小する構えですが、市場がそれを「量的緩和の縮小」とみなした場合、株式市場を中心に大きな動揺が広がるのではないかと懸念する声もあります。

そもそも市場のこうした受け止め方や懸念が大きな話題になること自体が、中央銀行の直面する難しい現状を端的に示しています。FRBとECB(欧州中央銀行)が19年に再び金融緩和へと舵を切ったことについて、専門家の間では、不況などの明確な経済的兆候に対応したのではなく、金融市場の短期的な動向に過度に配慮した結果であるという見方が広がっています

そのような配慮を怠ると市場の混乱を通じて経済成長や安定的な物価上昇が妨げられ、最悪の場合、より緊急性の高い金融政策が求められる状況に陥りかねない。だから、予防的・保険的な緩和策を適宜打ち出していく――というのが、最近の中央銀行の行動規範になっているというわけです。

日銀も、例えばETF(上場投資信託)の買い入れを巡って岐路に立たされています。ETFの購入額は16年に英国がEU(欧州連合)からの離脱を決めた際に、危機対応として年間6兆円の規模に増額されました。混乱が収まった現在は元の年間3.3兆円規模に戻すべきという意見がありますが、減額は市場に出口戦略を意識させるため、躊躇しているのが実情のようです。

FRBが米トランプ政権から利下げ圧力を受けていることは周知の事実ですが、現状を見る限り、日米欧の中央銀行は市場からも「無言の圧力」を受けていることになります。近年の政治や市場には、自己都合を優先した近視眼的で稚拙な言動が目立ちます。日米欧の中央銀行が何らかの形で政治と市場の両方から確固たる独立を果たし、中長期的な視野に立った政策運営を取り戻さないと、出口戦略への道のりはまだ遠いかもしれません

金利が下がり過ぎると金融緩和は効かなくなる

ここであえて素朴な疑問をひとつ。中央銀行は本当に出口戦略を急ぐ必要があるのでしょうか。

金融緩和がもたらす悪影響として、例えば資産価格が実力以上に上昇してバブルが形成されたり、国家や企業が長引く低金利に甘えることで財政規律が緩むといった弊害が挙げられます。それ以上に問題なのは、金融緩和が行き過ぎると実体経済の活性化という中央銀行が本来めざす目標の達成がかえって遠ざかり、あたかも自分で自分の首を締めるようなメカニズムが明らかになってきたことでしょう。

米国プリンストン大学のマーカス・ブルネルマイヤー教授らが発表した経済理論によれば、金融緩和が長期化して金利の引き下げがある一定の水準まで達すると、金融緩和よりむしろ金融引き締めの力が働いて、金融政策が逆効果になってしまうといいます。その転換点となる金利水準は「リバーサル・レート」と呼ばれています。

金融緩和によって金利が低下すると債券価格が上昇し、民間銀行には保有する長期国債などの含み益が生まれます。金融緩和の開始当初はこうした含み益の助けも借りながら、銀行は積極的な融資拡大に乗り出すことが可能です。しかしながら金融緩和が長期化すると、その過程で銀行の保有債券は順次償還を迎えるため、含み益は徐々に減少していきます。

市中金利の低下によって企業や個人の資金需要が十分に増加していれば問題はないのですが、そうでない場合は銀行間の融資競争が激しくなって、貸出金利も低下に向かいやすくなります。すなわち、貸出金利と預金金利の差である「預貸金利ざや」が縮小するわけです。含み益の減少で融資余力が低下することに加えて、融資そのものの採算も合わないとなれば、銀行は貸出金利を上げるか融資を絞り込むしかありません。結果として、銀行は金融を引き締めるような行動をとることになります。

全国銀行協会の統計によると、日本の民間銀行では預貸金利ざやから経費率を差し引いた数値が18年度に0.21%まで低下しています。日本におけるリバーサル・レートがどの程度の金利水準なのか判明してはいませんが、例えば銀行の住宅ローンをみると18年以降、一部で新規案件が絞り込まれるなど、マイナス金利でも金融緩和の効果につながらない兆候が表れ始めています。

たとえ効果に乏しくても前述のような市場への影響を考えると、金融緩和を止められない事情は分かるような気がします。しかし、金融政策にはリーマン・ショックのような危機への対応という重要な役割があることも忘れてはならないでしょう。現状の極端に低い金利水準のままで、いつか起こるであろう次回の重大危機に対応できるのか。それは中央銀行も市場も承知のはずですが、今回はみんなで危ない橋を渡ると決め込んでいるように見えて仕方がありません。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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