過去の出来事から景気や相場の将来を予測することは可能ですか?
今年もあてはまった「セル・イン・メイ」の格言
過去に市場で起きた出来事を株式や為替などの相場予測に活用する手段として、例えば「アノマリー」と呼ばれる経験則があります。経済理論やファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)では説明しづらいものの、なぜか特定の時期に相場が上下動しやすい傾向や周期性が確認されており、これらはいわば長年にわたる観察を通じて明らかになった相場のクセのようなものと考えられます。
多くのアノマリーが知られていますが、なかでも古くから世界的に有名なのが「セル・イン・メイ(5月に売り抜けろ)」という格言です。毎年5月になると株価が下落に転じる傾向が強いため、なるべく早目に売却して利益を確定せよという意味。5月が株式相場の転機になりやすい理由としては、莫大な資金を運用するヘッジファンドの決算が5月に集中するため、それに伴う売りが出やすいという説などが有力です。
実際に日米の株式相場について、2018年末から今年(2019年)5月までの動向を振り返ってみましょう。
2018年末の終値 | 2019年の年初来高値 | 2019年5月末の終値 | |
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日経平均株価 | 20,014円77銭 | 22,362円92銭(4/24) | 20,601円19銭 |
NYダウ平均 | 23,327.46ドル | 26,695.96ドル(4/23) | 24,815.04ドル |
いずれも年初から4月下旬にかけて上昇基調が続き、そこから突如として下落に転じているところをみると、どうやら今年もこのアノマリーはあてはまっている模様です。
アノマリーは元来、“根拠の乏しい不思議な現象”とされてきましたが、近年では行動経済学の観点などから専門的な分析が進められています。その結果、多くの投資家が一斉に同じような行動を取ろうとする群衆心理が影響している、といった解釈が成り立つようになってきました。
金銀比価の拡大は世界的な景気後退を示唆している?
アノマリーに限らず、何らかの理由によって偏った相場状況が繰り返されるというケースはしばしば目にします。それらを注意深く観察することにより、将来的な景気動向など経済の大きな流れについてもある程度は予測が可能になるかもしれません。ここでは一例として、代表的な貴金属である金と銀の価格差に着目してみましょう。
金と銀の関係を示す指標としては、金価格を銀価格で割った「金銀比価」が広く用いられています。今年5月末時点で、ニューヨーク先物市場の金先物価格は1,305.80ドル、銀先物価格は14.55ドルをそれぞれ付けていました(いずれも1トロイオンスあたり、終値)。金銀比価は89倍超で、1993年以来の高水準となっています。
過去に金銀比価が拡大した局面をみると、地政学リスクや金融危機などによって市場が混乱した時期と重なっていることが分かります。金銀比価が過去最大の101倍に達したのは湾岸戦争が勃発した91年で、その後もソ連の崩壊などを背景に93年まで80倍を超える水準が続きました。近年では08年のリーマン・ショック時に、瞬間的に84倍まで拡大しています。
金は有事に投資家が頼るリスクヘッジの手段として有名なので、一見すると金銀比価の拡大は、投資家のリスク不安を背景とした金価格の上昇がもたらしているように思えます。しかし実際には、必ずしも金価格の上昇が金銀比価の拡大につながるわけではありません。ニューヨーク金先物価格が1,900ドル台の史上最高値を付けたのは11年8月のことですが、当時の金銀比価は40倍程度と現在の半分に過ぎませんでした。
金銀比価の過去20年間の平均は60倍程度ですが、最近では18年2月から今に至るまで1年以上も80倍を超える水準が続いています。これには金価格の上昇以上に、銀価格の下落が大きく影響していると考えられます。銀は需要の6割を産業用が占めており、主として太陽光パネルの電極や電子部品の接触部分、メッキなどに使われています。これらの産業用途が低迷する一方で銀在庫は右肩上がりの増加傾向にあり、銀の国際価格は18年から下落基調を強めているのが現状です。
実はここへきて、非鉄金属である銅の価格も下落傾向が目立ちます。銅の国際指標であるロンドン金属取引所(LME)の3カ月先物価格は、5月29日に1トンあたり5,883ドルと約5カ月ぶりの安値を付けました。電子部品や自動車、建材などに使われる銅は、世界の消費シェアの5割を中国が占めていることから、中国の景気を先取りする指標ともいわれます。
これら商品価格の動向が示唆しているのは、地政学リスクや金融危機への警戒感というよりは、むしろ世界経済への減速懸念ではないでしょうか。先進各国の中央銀行が金融引き締めの手綱を緩めるなど、市場では今後も適温相場が続くことへの期待は高いようですが、経験則から見て私たちが当面注意すべきは、やはり世界的な景気後退が近づいていることと、それによる一部市場の混乱と思われます。