金融を引き締めても、米国の長期金利が上がらないのはなぜですか?
限られた運用先に投資マネーが殺到している
FRB(米連邦準備理事会)は今年(2017年)6月14日に、政策金利を0.25%引き上げると発表しました。利上げは今年に入って2回目で、3月以来3カ月ぶりの実施となります。発表の席でFRBのイエレン議長は、従来の予定通り年3回の利上げペースを維持することに加えて、年内の比較的早い時期に保有債券などの資産縮小にも着手する可能性を示唆しました。
不思議なのは、中央銀行が金融引き締めの姿勢を明確に打ち出しているにもかかわらず、米国の長期金利に上昇の気配が見られないことです。長期金利の指標である米国債10年物の利回りは3月中旬に付けた2.6%強から低下傾向が続いており、6月16日現在では2.15%となっています。
こうした金利低下の謎を解くうえで、ひとつのカギになりそうなのが投資家の「運用難」という問題です。日本を例にとると、銀行が保有する日本国債の償還額は年90兆円に上るといわれていますが、銀行は手元にお金が戻ってきても利回りがほぼゼロの日本国債を再購入するわけにはいかず、ある程度のリスクは覚悟のうえで外国債券などに投資せざるを得ないのが実情です。企業年金基金の間でも、日本国債の保有額をゼロにして外国債券や値動きが比較的小さな株式、さらにはインフラ関連などのオルタナティブ(代替)資産へ投資する動きが目立ちます。
「株式よりリスクが低く、利回りが年2~3%程度の運用先があれば十分なのに」というのが銀行などの金融機関や年金基金の本音だと思われます。しかし現状では、格付けの高い先進国の長期国債で利回りが2%以上あるのは米国債ぐらいのもの。そのように限られた好ましい運用先に世界中から投資マネーが殺到し、米国の長期金利を押し下げるのに一役買っているというわけです。
先進各国で進む人口高齢化の影響を指摘する専門家もいます。高齢者は相対的に値動きの激しい株式よりも、確実なインカムゲイン(金利収入)が得られる債券を好む傾向が強いため、高齢化が進むほど米国債などへの集中投資に拍車がかかることになります。いずれにしても、世界的な金融緩和の長期化によって生じた金融市場のゆがみが、金融引き締めの局面においても前例のない現象をもたらしていることが分かります。
市場がFRBの言葉を信じないというリスク
米国の長期金利が上昇しない要因として、景気循環に着目する見方もあります。09年7月に始まった米国の景気拡大局面は、今年6月末で丸8年に達して戦後3番目の長さとなりますが、米国経済の実態をみる限り、今後も先行きが安泰とは決していいきれないのが現実です。
GDP(国内総生産)の伸び率や物価上昇率の鈍化といった経済指標面の懸念材料もさることながら、とりわけ大きな不安を覚えるのは、家計の借金が過去最高を更新していることでしょう。ニューヨーク連銀によると今年3月末現在、米国における家計の債務残高は12兆7,250億ドル(約1,400兆円)で、金融危機時の08年9月末に記録した12兆6,750億ドルという過去最高水準を上回りました。
米国では金融危機後に住宅ローンの審査基準が厳格化されましたが、代わって金融機関が自動車ローンの分野で与信を拡大。自動車ローン残高は1.1兆ドルに膨らんでおり、そのうち4割弱を低所得者向けの「サブプライムローン」が占めています。米国の新車販売台数は今年に入って5カ月連続で前年割れを記録しましたが、その背景には貸倒率の上昇によって金融機関が貸し渋りに転じたという事情もあるようです。
ほかにも学生ローンやクレジットカードローンの残高が増えており、それぞれ負担の重さから延滞率が上昇しつつあります。金融危機後に家計の貯蓄額が増えるなど、支出や債務に対する人々の意識に多少の変化は見られるものの、世界経済を米国民の旺盛な消費が支えるという構図は基本的に変わっていないようにも思えます。
FRBによる金融引き締めは、借金を膨らませてきた米国家計にとっては逆風となり、GDPの3分の2を占める個人消費の落ち込みを通じて景気を冷やす要因となります。市場が近い将来の景気停滞やインフレ率の長期低迷を警戒しているのだとすれば、米国の長期金利がなかなか上昇しないのもうなずけます。
もう一つ、ある意味で最も注目すべきなのは、市場がFRBの言葉を信じていない、あるいは信じようとしていないことかもしれません。米国で物価上昇の鈍さや経済活動の減速が明らかになった場合、FRBが景気の足を引っ張るリスクをおかしてまで金融引き締めに動く可能性は低いだろうと、多くの市場関係者が高をくくっているようなのです。
これには低金利と株高が続く、いわゆる「ぬるま湯相場」に慣れきった市場の願望が色濃く反映されているはずです。その願望がFRBによって砕かれた時、市場はどのような反応を示すことになるのでしょうか。米国における長期金利の低迷が、将来的な市場の過剰反応というリスクを表しているのだとしたら、ちょっと怖い気がします。